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シクロツーリスト&ランドヌールときどき模型の製作日記

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長崎サイクリング 廃線めぐり

こんにちは、田村です。

サイクリングにおいて、
もっとも重要なのはプランニング、
つまり行程計画だと思っています。
そして、プランニングを決めるのは
「テーマ」だと思います。
「趣味性」と言ってもいいかもしれません。

長崎を走りたい、というだけでは漠然としすぎていて
プランニングしようもありません。
単に景色がいいとか、美味しいものがあるとか、
そういうのはオマケだと思ってます。

今回、幸いにも日によって
多様なテーマを盛り込むことができたと思います。

初日は新幹線の体験と港町めぐり、
二日目は旧街道と鉄道旅情、
三日目は峠といった具合に
好みのテーマで走ってきました。
長崎サイクリング 廃線めぐり_d0211129_17545441.jpg
そして四日目のテーマは「廃線」です。
加えて、以前から訪れてみたかった
古城にも寄ることにしました。
かなりマニアックな趣味ですが、
サイクリングと相性がいいのは経験的に
間違いありません(個人の印象です)。

島原半島にはふたつの廃線があります。

島原鉄道の南目線(島原港駅〜加津佐駅)と
小浜鉄道(肥前小浜駅〜愛野駅)です。

前者の廃線は平成20年(2008年)であり、割と最近です。
後者ははるか昔、昭和13年に廃線となったそうです。
長崎サイクリング 廃線めぐり_d0211129_19373591.png
四日目はこんな感じで島原半島をぐるりと周遊。
なかばアドリブで、距離はちょうど100kmになりました。
なかなかに広い半島です。
海沿いを進む限り目立った坂はなく、
距離を稼ぎやすいのがうれしい。
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宿を出て南へ向かうと、
ほどなくして眉山を背景にした島原港があらわれます。
フェリーなどは新しくできた島原外港に就航しており、
こちらは漁港です。
「島原大変」で眉山から押し寄せた土砂によって
広がった陸地に設けられたそうです。
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島原港がある地域の町名は「新地」。
土砂によって生まれた陸地に作られた
新しい町、ということですね。
長崎サイクリング 廃線めぐり_d0211129_18065628.jpg
新地という地名は全国的にありますが、
歓楽街と同じ意味であることが多いです。
島原港の新地にも、なんとなくそれっぽい
建物が散見されました。
古くからの港町に多いアレですよ。
長崎サイクリング 廃線めぐり_d0211129_18083683.jpg
島原港の最寄駅となるのは、島原船津駅。
車両基地があり、終点のひとつ手前です。
終点の島原港駅は南の外港に近く、
先にリポートしたように、パチンコ屋が隣接した
殺風景な駅です。
もともとは終点でないのですから、
いたしかたないでしょう。
長崎サイクリング 廃線めぐり_d0211129_18131694.jpg
国道251号を南下していくと見落としがちですが、
ちょっと逸れて横道に入ると、
点々と島原鉄道の廃線遺構が現れます。
近代的な鉄橋や高架が多く、あまり古びてません。

島原鉄道は平成の雲仙普賢岳噴火で大きな被害を受けて、
国や自治体から支援を受けつつ1997年に復旧したものの、
前述したように2008年に南目線を廃止。

つまり、25年前に作り直された区間が多く、
それが古びる間もなく、わずか14年ほど前に
廃線になったのです。
だから遺構が妙に生々しく、レールこそないものの、
かなり原形をとどめています。
全国的にも珍しい廃線と言えるのではないでしょうか。
長崎サイクリング 廃線めぐり_d0211129_18312171.jpg
路線の復旧とともに改修された河川の土手は、
土砂の勢いを弱めるようジグザグになってます。
そして立派な鉄橋が架かっています。

そして今、この廃線区間が
自転車歩行者道として生まれ変わろうとしているのです。
長崎サイクリング 廃線めぐり_d0211129_18323501.jpg
事前に報道を読んでいたので知っていましたが、
現地で目の当たりにすると感動を覚えます。
乗ったことはない南目線ですが、
それがサイクリストのための立派な道として
蘇るわけです。
長崎サイクリング 廃線めぐり_d0211129_18340022.jpg
多くの区間で、来年の2月には完成するようです。
その前に訪れることができたのは
廃線好きとしては貴重だったかもしれません。
長崎サイクリング 廃線めぐり_d0211129_18342361.jpg
すでにほぼ完成している区間も現れましたが、
まだ立ち入り禁止でした。
長崎サイクリング 廃線めぐり_d0211129_18350174.jpg
ほとんどの駅が残っています。
現役区間と同じような量産型の駅舎が
次々と現れます。
サイクリングの休憩スポットとして
活用されるのでしょうか。現状は
単に放置されている様子。
それはそれで自然体であり、廃線旅情があって
味わい深いとも思います。
長崎サイクリング 廃線めぐり_d0211129_18363937.jpg
基本的に単線ですが、
列車が行き違いできる駅(だった遺構)も多いです。
長崎サイクリング 廃線めぐり_d0211129_18373202.jpg
国道より高いところに線路が通じていた区間もあり、
車道を行くよりもビュースポットが増えそうです。
ただ、現状の車道(おもに国道251号)も
島原市街を抜けると交通量は激減し、
とても走りやすいです。
長崎サイクリング 廃線めぐり_d0211129_18401182.jpg
駅舎が渋い……。やはりこのまま残してほしい。
「サイクリストの聖地」なんて
看板を掲げないでほしい……とも思いますが、
サイクリストの聖地を名乗る資格はありそうな
ルートになるのも間違いなさそう。
長崎サイクリング 廃線めぐり_d0211129_18414297.jpg
沿線で大きめの街が有家。
駅も立派です。駅舎はいまもバスの待合所として
利用されていました。
長崎サイクリング 廃線めぐり_d0211129_18431511.jpg
線路の跡は、車道より海側へ行ったかと思えば、
山側へ移ってきたりして、変化があります。
地形はいたって平坦。
長崎サイクリング 廃線めぐり_d0211129_18450196.jpg
有家を過ぎると、ほどなくして日野江城が見えてきました。
戦国時代、このあたりを領地にしていた
有馬氏の居城です。
標高70mほどの小山を生かした平山城。
有馬氏は佐賀に攻め込んだこともあったそうで、
島原の「国力」はあなどれません。
長崎サイクリング 廃線めぐり_d0211129_18462684.jpg
立派な石垣が残ってます。
発掘調査によると直線的な石積みの階段もあったそうで
(調査後に埋め戻されてる)
そこにはたくさんの仏塔が使われていたそうです。
その時の領主が有馬晴信。
二日目に訪れた沖田畷で戦ったのも有馬晴信でした。
紆余曲折を経てキリシタン大名になった晴信は、
領地の寺社をぶっこわしたと伝わってます。
そして仏塔を日野江城の石材として使ったという……。

ちなみに、さらに紆余曲折を経た有馬晴信は、
流罪になって天寿をまっとうしてません。
(くわしくはググって)
戦国時代に限らず、宗教がからむと極端な
行動に走るヒトが多くてこわいですね……。
こんなに立派なお城があって、周りに平地もあるのに
あらためて島原城を築いた
松倉重政の意図も気になるところです。
長崎サイクリング 廃線めぐり_d0211129_18552366.jpg
日野江城の最寄りだった北有馬駅。
駅舎やホームはそのままに
自転車歩行者道の整備が進んでる様子に
廃線好きとしてほっとします。
長崎サイクリング 廃線めぐり_d0211129_18572443.jpg
すでに崩壊寸前の原城駅。
これは取り壊すしかないんだろうな……。
「島原の乱」の舞台となった原城の最寄り駅でした。
長崎サイクリング 廃線めぐり_d0211129_18581018.jpg
世界遺産になった原城。
廃城になったお城の多くは自然の野山に戻ったり、
畑や住宅地になって原形をとどめないことが多いですが、
世界遺産になっただけに復元整備の状況が極上。

日野江城の支城として築かれた原城ですが、
ひとめ見ただけでも本城を上回る規模に思えます。
海に面した小さな半島(島原自体が半島ですが)を
まるごと城塞にした感があります。
これだけ壮大だからこそ、3万を超える一揆勢を
収容できたのでしょう。
それを10万もの幕府軍が包囲したというのですから
なんとも規模の大きな戦いです。
(くわしくはググって)

ただし、どうしても気分が暗くなる城跡ではあります。
一揆勢は皆殺し、という結末を知っているので、
「歴史」と割り切ることができない
悲壮さが漂います。
これが名だたる戦国武将同士が戦った
沖田畷とかだったりすると、「信長の野望」を
プレイする延長で気楽に訪れるわけですが、
何百年たっても島原の乱は重いんですよ。
長崎サイクリング 廃線めぐり_d0211129_19091125.jpg
そんな重さを木っ端微塵にしてくれる
「聖地巡礼ガイド」なるものがありました。
看板のQRコードを読み込むと
人気(一部で)アニメのキャラが、
軽妙に島原を紹介する動画が再生できます。
なんとも平和な時代です……。
なお、邪神ちゃんがQRコードをさらすなと言ってたので、
写真を切ってますw
長崎サイクリング 廃線めぐり_d0211129_19150149.jpg
原城あたりの廃線区間は
自転車歩行者道がほとんど仕上がってます。
長崎サイクリング 廃線めぐり_d0211129_19153909.jpg
廃線もいいのですが、もっと海寄りの
細道もあったりするので、アドリブで走ると楽しいです。
南へ行くほど海の透明度が上がってきます。
写真中央に伸びている岬が原城です。
長崎サイクリング 廃線めぐり_d0211129_19174221.jpg
島原半島の南端にある港町、口之津。
かつて南蛮船が寄港したそうです。
長崎サイクリング 廃線めぐり_d0211129_19340773.jpg
半島の南端に至るも街が続き、
全体的にレトロながら都会感すらあります。
長崎サイクリング 廃線めぐり_d0211129_19344689.jpg
終点の加津佐駅後は、海水浴場に面してました。
なにか催しがあるのか、テントがたくさん。
長崎サイクリング 廃線めぐり_d0211129_19352245.jpg
終点にFamily Mart。
サイクリストにとって便利な
ルートに仕上がりそうです。

そして、お楽しみは続くのです。
長崎サイクリング 廃線めぐり_d0211129_19404345.jpg
「ツーリングマップル」もおすすめの
棚畑展望台。山が丸ごと、だんだん畑になってます。
平坦な海沿いルートを捨てて、県道で標高200mまで
上る必要はありますが、一見の価値がある光景です。
というか、こんな畑を見たことがありません。
多くがジャガイモ畑だそうです。
平地に比べれば苦労が多いことと思いますが、
畑の総面積はかなり広いのではないでしょうか。
長崎サイクリング 廃線めぐり_d0211129_19431030.jpg
自販機まで絵になる……気がします。
長崎サイクリング 廃線めぐり_d0211129_19460469.jpg
再び国道に降りて半島の西側を北上していくと、
すぐに小浜温泉が現れました。
すでに日が傾きだしたので、
たまには温泉地に泊まるのもいいかな〜と思いましたが、
10件電話して全部満室……旅行支援オソルベシ。
観光案内所で「あそこが一番大きくて部屋多い」と
聞いたホテルに電話してもダメ。

観光案内所の前にあったベンチに腰を下ろし、
スマホと格闘することしばし。
愛野駅の近くにある旅館に電話したところ、
予約できました。

次なる廃線跡は
小浜温泉の2kmほど北から愛野まで伸びてます。
いい加減に日も傾いてきたので、
お楽しみは明日にしようと思ったのですが、
小浜温泉で宿が取れなかったのですから、
走ってしまうしかないね。
長崎サイクリング 廃線めぐり_d0211129_20122015.jpg
終点だった肥後小浜駅の跡であることを示す石碑。
路線図も描かれています。
はるか昔の廃線なのに大切に思っている人が
いることを物語ります。
愛野まで距離約20km、出発進行!
長崎サイクリング 廃線めぐり_d0211129_20143105.jpg
島原鉄道のように生々しい遺構はありませんが、
いかにも鉄道っぽい道筋が伸びてます。
鉄道は基本的に勾配が苦手なので、
土手を盛ったり山肌を削ったりして
なるべく平坦な路盤を作ります。
その恩恵に浸りながら快走。
山側の国道を見ると、ぐいぐい上っていて
しんどそう。廃線ばんざい!
長崎サイクリング 廃線めぐり_d0211129_20170236.jpg
この細さ、間違いなく鉄道のトンネルです。
海沿いに敷かれた小浜鉄道は難工事の末に
3つのトンネルをうがち、いくつも切り通しを
設けてレールを敷いたとか。
そして昭和のはじめごろに開業したものの、
早くも昭和13年(1938)には廃業。
時代と背景は異なりますが、
島原鉄道南目線が復旧後に
わずか15年で廃止されたことに通じるものがあります。
せっかく作ったのに……と思いますが、
いまもこうして走れるのでサイクリスト的には
御の字です。なお、小浜鉄道の跡は
一般道であり、民家の軒下をかすめるような
細道も多いです。
長崎サイクリング 廃線めぐり_d0211129_20232689.jpg
いい細道。車道として作られたら急坂になったでしょうが、
ほぼ真っ平ら。
緑のトンネルとよばれ、
地元で愛されているようです。
長崎サイクリング 廃線めぐり_d0211129_20244956.jpg
いったん作られた鉄道は
完全に消えることはありません。
長崎サイクリング 廃線めぐり_d0211129_20253594.jpg
しかし、千々石の海沿いで通行止め。
暮れなずむ細道に別れを告げ、
国道で愛野の旅館をめざしました。
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二日ぶりの愛野駅。
きゅっとくびれた島原半島の
付け根に戻ってきました。
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ほぼ駅前の旅館、春日屋さん。
いい感じです。日が落ちきる前に
たどりつけてなにより。
長崎サイクリング 廃線めぐり_d0211129_20273424.jpg
お部屋は、予想外に洋風。
なんにしても出来過ぎの寝床を確保することができ、
適量のビールをいただいてから
とっとと寝たのでした。

ここまで平穏無事と言っていい
癒しのサイクリングを満喫してきたのですが、
翌5日目は、本気を出してきた
長崎の地形に翻弄されるのでした……。

続きはそのうち。


# by cyclotourist | 2022-11-21 20:49 | 製作中 | Comments(0)

長崎サイクリング 仁田峠・島原鉄道編

こんにちは、田村です。
長崎サイクリング 仁田峠・島原鉄道編_d0211129_13004918.jpg
長崎サイクリングの三日目は、長崎のみならず九州を
代表する峠と言っても過言ではない
仁田峠をめざしました。
ひさしぶりに1000m級の峠を越えます。
三省堂の「日本山名事典」によると標高1060m、
「ツーリングマップル」によると標高1020mです。
サイクリストにとっては阿蘇の峠ほど有名ではないようですが、
オートバイの峠に関する本や
長崎観光の本では必ず仁田峠が紹介されています。
雲仙の観光では外せない人気スポットです。
長崎サイクリング 仁田峠・島原鉄道編_d0211129_13032200.png
島原をスタート&ゴールにした
ほぼ周回ルート。距離は約56km。
長崎サイクリング 仁田峠・島原鉄道編_d0211129_13120521.jpg
7時前に宿を出発。
本来ならもっと早く走り出したいのですが、
7時くらいにならないと明るくなりません。
また、なんとなく島原が気に入ったので
連泊しようと思ったのですが、
すでに満室でした。同じ宿に連泊できれば、
着替えや輪行袋などを置いて走り出せるのですが、
やむをえません。
長崎サイクリング 仁田峠・島原鉄道編_d0211129_13142539.jpg
国道57号を南下していくと
雲仙の前峰である眉山が眼前に迫ります。
「島原大変肥後迷惑」では、この眉山が
崩れて土砂が有明海まで流れたそうです。
長崎サイクリング 仁田峠・島原鉄道編_d0211129_13170878.jpg
南から西へ回り込むように進んでいくと
眉山の向こうから平成新山が姿を現します。
その名のとおり、平成3年からの噴火活動で
出現した溶岩ドームです。
200年前の眉山と異なり、まだ歴史になりきってない
生々しさを感じさせる山容です。
雲にまぎれてますが、山頂からは
今もうっすらと噴煙が上がっています。
長崎サイクリング 仁田峠・島原鉄道編_d0211129_13204861.jpg
国道を片道1.5kmほど外れて、
裾野の傾斜地に建つ旧大野木場小学校へ。
火砕流の熱風で焼失した被災校舎です。
土石流自体は北に位置する川へ流れたそうですが、
熱風は直進して校舎を直撃したそうです。
おそろしいとしか言いようがありませんが、
当時、すでにこの学校がある地域は
警戒区域に指定されており無人だったそうです。
「誰も被害に遭うことはありませんでした」と
現地の解説板にあり、安堵。
長崎サイクリング 仁田峠・島原鉄道編_d0211129_13265854.jpg
裾野に広がる段々畑。
伊豆や三浦半島より広々としており、
収穫も多そうです。
長崎サイクリング 仁田峠・島原鉄道編_d0211129_13294028.jpg
市街地を抜けてもコンビニが存在していて、
補給に困るような田舎ではありません。
長崎サイクリング 仁田峠・島原鉄道編_d0211129_13303504.jpg
少しずつ標高を上げていくと、
島原湾を望む展望スポットも現れました。
長崎サイクリング 仁田峠・島原鉄道編_d0211129_13311087.jpg
雲仙市に入るあたりが標高500m。
思ったほど冷え込まず、ひと安心。
紅葉があたりを彩るようになりました。
長崎サイクリング 仁田峠・島原鉄道編_d0211129_13321814.jpg
市街から20kmほど進み、標高を700mまで
上げたところで仁田峠循環自動車道へ。
この道は反時計回りの一方通行。
環境保全金として100円を払って進みます。
長崎サイクリング 仁田峠・島原鉄道編_d0211129_13341820.jpg
勾配はおおむね10%以下で、
距離はあるもののキツくはありません。
11時前に半島南部を見渡すことができる
展望台に到着。胸が清々するような
広い視界と爽やかな風がご褒美。
ややクルマが多いものの、一方通行なので
対向車の飛び出しを恐れる必要なく
リラックスして上ることができました。
ここから峠はすぐそこで、
勾配もいっそう穏やかになります。
長崎サイクリング 仁田峠・島原鉄道編_d0211129_13383227.jpg
仁田峠に到着。
妙見岳に登るロープウェイの駅があります。
人がそこそこ訪れていたこともあり、
ロープウェイは見送りました。
自転車で行けるところだけで十分です。
長崎サイクリング 仁田峠・島原鉄道編_d0211129_13400103.jpg
お土産品の売店があります。
食事がしたい頃合いでしたが、そういう店は
なかったので、レインジャケットを着て
長指グローブをはめ、とっとと下ります。
峠の気温は10℃ほどでした。
長崎サイクリング 仁田峠・島原鉄道編_d0211129_13415889.jpg
あっという間に国道389号へ合流。
こちらは上りに使った国道57号より
線形が直線的で路面状況もよく、うっかりすると
相当なスピードが出てしまいます。
長崎サイクリング 仁田峠・島原鉄道編_d0211129_13435757.jpg
北側の斜面も一面の段々畑。
島原半島で水田はあまり見かけません。
単に刈り取ったあとで目立たないのかもしれませんが。
長崎サイクリング 仁田峠・島原鉄道編_d0211129_13444598.jpg
下界に降りたら、せっかくなので
大三東駅を再訪。昨日より空が青い。
この駅はいろんなCMに登場してるようですから、
婦女子にもずいぶん人気があるようです。
ただし、ほとんどの人がクルマかオートバイで
訪れています。
長崎サイクリング 仁田峠・島原鉄道編_d0211129_15251276.jpg
国道沿いにうどん屋さんがあったので
吸い込まれました。
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うどんのちゃんぽん。
個人的には中華麺よりイケると感じました。
一緒に出された塩を降るといっそう美味しく、
峠から下ってきた身に沁みわたります。

さて、旅立つ前の机上プランだと
この日は半島の南部へ足を延ばすつもりでしたが、
島原をもっとゆっくり味わいたいので
やっぱりもう一泊することにしました。
幸い、島原駅に近いホテルを確保できました。
長崎サイクリング 仁田峠・島原鉄道編_d0211129_15290307.jpg
武家屋敷を再訪。
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長崎サイクリング 仁田峠・島原鉄道編_d0211129_15292440.jpg
街角の資料館にも入ってみました。
受付で老婦に入場料300円をお渡しすると、
やおら腰を上げて展示室にお出ましになり、
丁重な解説がはじまりました。
展示品のすべてをまるで私物のように知り尽くしており、
島原の乱から島原大変、そして先の戦争に
出征した兵隊さん関係の史料などについて
とうとうと語ってくれました。
もしかしたら、ご自身の旧家を資料室にしたのかもと
思いましたが、解説が熱心かつ雄弁で止まることなく、
口を挟むタイミングを逃してしまいました。
「当時の人が今の日本を見たらどう思うでしょうか」
などと重い質問をされたりして、
ただ単に遊びで島原を訪れている自分は
「あ、うーんどうなんですかね。情けないですかね?」と
ばかっぽい答えしか返せませんでした。
いつまでも解説が終わる気配がないので、
「ぼちぼち列車が……」とお伝えして
おいとましました。別にうそじゃありません。
長崎サイクリング 仁田峠・島原鉄道編_d0211129_15383797.jpg
資料館には、わずかながら島原鉄道に関する
展示もありました。開業当時に走らせた機関車は
新橋・横浜を走った一号機関車を
国鉄から譲り受けたそうです。この機関車は、
今では大宮の鉄道博物館に展示されています。
長崎サイクリング 仁田峠・島原鉄道編_d0211129_15361031.jpg
さて、実のところ時間はたっぷりあるので
(そのために島原にもう一泊するのです)
島原駅の駐輪場に自転車を止め、
列車に乗ることにしました。
長崎サイクリング 仁田峠・島原鉄道編_d0211129_15370799.jpg
地元高校の美術部による
大きなイラスト。
長崎サイクリング 仁田峠・島原鉄道編_d0211129_15420649.jpg
なんていうことはないディーゼルカーですが、
初めて乗るローカル線にわくわく。
長崎サイクリング 仁田峠・島原鉄道編_d0211129_15430151.jpg
線形はいいのにガッタンガッタン揺れます。
ほどなくして大三東駅に到着。
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三度目の訪問。
奇しくも昨日の訪問と同じ時間になり、
臨時列車と行き交いました。
長崎サイクリング 仁田峠・島原鉄道編_d0211129_15442426.jpg
猫が描かれたベンチと神代みさきさんが共演。
すてきな駅じゃないですか。
海が近い駅としては、JR予讃線の下灘駅が有名ですが、
大三東駅のほうが近いです。
ちなみに、自分が知る限り「日本で一番海が近い駅」は
JR鶴見線の海芝浦駅だと思います。
ホームが堤防そのものだった気がします。
長崎サイクリング 仁田峠・島原鉄道編_d0211129_15481959.jpg
30分ほどしたら、島原行きがやってきたので乗車。
本当に少しだけですが運賃を払って乗車でき、
「タダ見」じゃなくなりました。
長崎サイクリング 仁田峠・島原鉄道編_d0211129_15514748.jpg
島原駅で自転車を回収。
長崎サイクリング 仁田峠・島原鉄道編_d0211129_15520805.jpg
閉じたシャッターが多い商店街をなんとなく散歩。
ほとんど人通りがなく寂しいなあと思っていたら、
ユーミンの「恋人がサンタクロース」が
スピーカーから流れてきました。
クリスマスはにぎわうのでしょうか……。
長崎サイクリング 仁田峠・島原鉄道編_d0211129_15581210.jpg
お城の天守閣が見える
島原ステーションホテルへ。
全国旅行支援の対象になるとのことで、
ワクチン接種証明書の写真を見せたら、
どんと割引されて3000円のクーポンまでいただきました。
しかも、自転車はロビーに置かせてくれました。
長崎サイクリング 仁田峠・島原鉄道編_d0211129_15592213.jpg
たまたま空いてたんだと思いますが、
広すぎる部屋にびっくり。
なんだか申し訳ない気持ちになりつつ、
適量のビールを飲んでとっとと寝たのでした。

三日目にして、まだ長崎県の右下あたりを
うろついてるリポートですが、
続きはまたあらためて。



# by cyclotourist | 2022-11-21 16:10 | おしらせ | Comments(0)

長崎サイクリング 長崎街道・島原編

こんにちは、田村です。
長崎サイクリング 長崎街道・島原編_d0211129_08460431.jpg
二日目は長崎街道および島原街道で島原へ、
三日目は島原スタート&ゴールで仁田峠へ、
三日目は島原鉄道の廃線区間へ。
長崎県の南東を占める島原半島を
思う存分に走りました。
長崎サイクリング 長崎街道・島原編_d0211129_09435471.png
二日目のルート。距離90kmほど。
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長崎におけるメインルートのひとつ、国道34号の
新大工町交差点から裏道に入ると、
「長崎街道ここに始まる」と刻まれた道標が現れます。
シーボルト通りと名づけられた商店街から
つながっている歴史街道です。

長崎街道は、長崎と小倉を57里(約228km)で結んだ
九州唯一の脇往還とのこと。
南蛮渡来の砂糖を江戸まで運んだり、
象やラクダが行きかったこともあるとか。
幕末には、吉田松陰や勝海舟、そして坂本龍馬も
この街道を通って長崎を訪れた……と、
現地に詳細な説明がありました。
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国道はクルマの往来が非常に多いのですが、
長崎街道はいたって静か。
グラバー園や居留地から離れたので
歩く人もまばら。
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時おり現れる階段が長崎ならでは。
自転車をかついで上り下り。
ボトルを2本つけているので、フレーム内に
肩を入れることはできませんが、サドルの下に
肩を入れると都合よく担ぐことができます。
国道に出れば階段を避けることもできるのですが、
道案内に沿って旧道を進んでいきます。
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蛍茶屋という雅な名前がついた電停の裏へ進むと
小さな車庫がありました。
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沿道にはいわくのある供養塔や句碑が点々と存在。
そして階段。苦労して担ぎ上げると
後方にスロープが見えたりして、がっくり。
初見の道は苦労も多いです。
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ダムをかすめる細道を上って行くと、
トンネルの手前で国道に出ます。
ちょうど日見隧道の入り口。全長642m。
大正15年に完成したという古いトンネルで、
当時は日本最長クラスだったとか。

ここは「西の箱根」と呼ばれ、
長崎街道の難所だったそうです。

江戸時代の日見峠、
明治に開削された日見峠、
大正に作られた日見隧道、
平成に竣工した新日見トンネル(上り線)、
そして令和に完成したばかりの新日見トンネル(下り線)があり、
峠越えの歴史が凝縮されています。
JR長崎本線や西九州新幹線は、
もっとはるかに長いトンネルで山中を貫いてます。
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トンネルを避け、明治の日見峠へ向かいます。
集落のなかを簡易舗装の細道が続き、
乗車できない階段や急勾配が現れることもしばしば。
釣りやキャンプ道具を置いてきてよかったと
ほっとしながら、のろのろ上がっていきます。
茶屋の敷石などが残る場所もあり、
往時はたくさんの旅人で賑わったのでしょう。
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峠が近づくと少し道が広くなり、
勾配も落ち着いて乗車できるように。
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切り通しの日見峠。
ここで戦国時代に合戦があり、疑兵のために火を焚いたことから
「火を見る峠」から転じて日見峠と呼ばれているとか。
長崎街道は案内板が充実しており、
読み進む楽しみがあります。
標高は250mほどしかないので、800m超の箱根に比べれば
どうということはなく、「西の箱根」と呼ぶのは
少々おおげさだと思わないではありませんが、
山に囲まれた長崎を象徴する峠です。
明治より前の長崎街道における日見峠は
この切り通しの上を斜めに乗り越えていたそうです。
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切り通しを抜けた諫早側に
渋い道標がありました。
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峠を抜けると眺望が広がり、
長崎自動車道や国道を見下ろすことができます。
なかなかの達成感。
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「長崎街道」の道案内を
見落とさないよう、ゆっくり下っていきます。
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日見の街に出ると、腹切坂という
物騒な地名が出現。
長崎街道を通る武士が地元の町民と試合したところ
負けてしまい、武士の面目上、腹を切って果てたとか。
武士はすさまじいというべきか、
無用な試合なんてするもんじゃないというべきか
なにを汲み取るかは人それぞれでしょう。
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中山道の妻籠や馬籠といった「いかにも」な
宿場町の街並みは残ってませんが、
いまの国道に覆われることなく、
雰囲気のよい道が続いています。
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案内を読んでると、地元のおっさんに
「休みか、よかねー」と話しかけられました。
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西九州新幹線の高架。
古い鉄道は不思議と情景に溶け込むものですが、
最近の新幹線は永遠に馴染みそうにありません。
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矢上と古賀あたりの街を抜けると、
長崎街道は再び上りはじめます。
「ここから南は佐賀領」と書かれた石碑。
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今度は「東は佐賀」の石碑。
昔の藩領と、今の県境が一致してません。
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道は里山を縫っていきます。
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濃厚な旧街道風情。国道や県道をほとんど走ることなく、
諫早まで進むことができます。
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57里に25の宿場があったそうです。
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工場が林立する諫早市街に入っても
長崎街道の道標が続きます。
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新幹線が止まるようになった諫早駅。
長崎までひと駅で、わずか8分。
自転車で長崎街道だと、ここまで4時間かかりました。
距離は30kmちょっとなのに。
新幹線は速すぎて、自分は遅すぎ。
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江戸時代に作られた眼鏡橋。
長崎市街の眼鏡橋よりはるかに巨大。
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諫早で風景は一変し、長崎県下唯一の
平野らしい平野が現れます。干拓地です。
開ける・開けないで長く物議を醸している潮受堤防を
走ってみたかったのですが、この日は通行止め。
長崎街道に別れを告げ、島原半島へ
進んでいきます。
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島原鉄道の愛野駅。
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「鉄道むすめ」の神代みさきさんが
迎えてくれます。夏服と冬服、どちらもエレガントw
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黄色いディーゼルカー。
地図を見ると国道251号しか選択肢がないようですが、
線路に沿った細道が「島原街道」として
かなりの区間で残っており、静かなサイクリングが
楽しめます。
国道はかなり交通量が多く、コンビニも点在。
伊豆半島よりよほど都会的です。
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愛野駅の次の次が吾妻駅。
この豆腐のように四角い駅舎が
島原鉄道における標準駅舎のようです。
近年のローカル線の例に漏れず、無人駅ばかり。
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いいセンスしてますわw
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龍馬が歩いた道。
勝海舟に同行して龍馬が長崎を訪れた際は、
熊本から海路で島原に渡り、
島原街道・長崎街道を歩いたそうです。
今回のサイクリングは新幹線で長崎スタートとしましたが、
熊本から始めるのも便利で楽しそうです。
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神代には鍋島氏の武家屋敷が残ってます。
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長崎の地名は雅さと田舎っぽさの
バランスがいいですね。
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沿道には、点々と「島原大変」の供養塔があります。
1792年の雲仙大爆発では、崩壊した眉山が有明海になだれ落ち、
それが起こした津波によって、2万人もの死者が出たとか。
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遠浅で今は鏡のように穏やかな有明海。
対岸に熊本が見えるため、海というより琵琶湖を思わせます。
釣具はもってないのですが、足場がよい堤防があると
気になってしまいます。
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本日のご褒美スポット、大三東駅に到着。
「おおみさき」と読みます。
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全国にある「海が一番近い駅」のひとつ。
願いごとが書かれた黄色いハンカチが
風に吹かれています。
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上下の列車が交換。片方は乗務員訓練の臨時で、
この時間に列車が行き合うのは特別、と職員さんが
教えてくれました。
サイクルトレインもやってますよ、と教えてくれましたが
便限定の上に予約が必要なので使いづらいんですよね……。
とはいえ、ただ見るのもやらしいので、
なんとか時間を作って列車に乗りたいとは思ってます。
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このあたりの有明海は干満の差が大きく、
干潮のときは沖に見える海苔網の支柱くらいまで
海が遠ざかるそうです。
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大三東駅の次の松尾駅は
ホームに駐輪場がありました。
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島原鉄道に沿って、
歴史を感じさせる通りが続きます。
島原半島の海岸沿いは意外にも平坦で
距離を稼ぎやすいです。
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島原の市街が近づくと、雲仙の山並みが迫ります。
左の手前が眉山で、奥が平成新山。
崩壊から200年の時を経た眉山は
さすがに緑に覆われてますが、
平成新山はまだ荒々しい岩肌が露わ。
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「信長の野望」ファンならずとも
戦国武将好きには有名な沖田畷。
佐賀から島原に大挙押し寄せた龍造寺軍5万が、
島津・有馬の寡兵8000に敗れたという戦い。
ひよどり越えとか桶狭間とか、小が大に勝った
歴史上の戦いって日本人は大好きですね。

「畷」(なわて)とは、湿地の中の細道をさすそうで、
当時は胸までつかるほどの泥田地帯だったとか。
そういう地形におびき出された大軍が
伏兵に襲われたそうです。
しかし現在は幹線国道沿いになっており、
ユニクロやマックが林立する市街地。
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倉庫の片隅に、討ち死にした大将、龍造寺隆信の
供養塔がありました。
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城下町の島原へ。
中央に水路が通された武家屋敷が見どころ。
歴史の話をしてるとキリがありませんが、
この城下町を築いたのは、奈良は五條から転封してきた
松倉重政。五條でも城下町を築き、そこでは今も
名君として顕彰されていますが、
島原では「島原の乱」の原因となる苛政を敷いたことで
悪名が高い武将です……。
先日、五條もサイクリングしたので、
なにかと印象が強い武将です。
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お城は天守閣が改装中でピラミッドのよう。
石垣と堀を一見しただけでも、
大大名の居城のように豪壮。
松倉重政が入った時の島原は、
たった四万石だったそうです……。
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大手門を模した島原駅。
島原鉄道の全リソースをつぎ込んだ感があります。
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神代みさきさんのパネルと、
キャラクターの解説板。それを読むと
なんとサイクリングが趣味なのだとか。
そしてお酒好き……魅力的w
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島原鉄道の終着、島原港駅。
一見すると駅ビルを併設してるようですが、
隣にパチンコ屋があるだけ……。
往年の島原鉄道は、ここからさらに遠く先、
半島の南端をまわった加津佐まで
路線が伸びていたのですが、平成20年に
島原港〜加津佐は廃止となりました。
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二日目の宿は、島原港駅からほど近い
格安のビジネスホテル。
お部屋はかなり快適でしたが、近くのスーパーで
買ってきたお刺身がいまいち美味しくなく、
ちょっと寂しい一夜を過ごしたのでした。
お刺身はお店でいただくか、
自分で釣ってさばくのが理想的ですね……。

三日目以降は、またあらためてリポートします。


# by cyclotourist | 2022-11-21 09:51 | Comments(0)

長崎サイクリング 街中編

こんにちは、田村です。

さる11月13日から19日にかけて、
長崎へ出かけてきました。
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きっかけは、西九州新幹線の開業。
9月23日に開業してから、いつ「かもめ」に乗ろうか、
タイミングを見計らってました。
もちろん、サイクリングではない旅は
自分にとって考えづらいので、
輪行でのアクセス手段として利用します。
「かもめ」は佐賀県の武生と長崎県の長崎市を結んでますので、
必然的に長崎サイクリングとなるわけです。
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恥ずかしながら、長崎県の位置とカタチを
正確にイメージできません。
あらためて見ると、なんとも複雑で島が多いこと……。

数え切れないほど九州を訪れてきましたが、
長崎県をメインにしたプランニングは
実のところ初めてだったりします。
一足飛びに対馬へ行ったり、
佐賀を走る「ついで」に長崎県内を走ったり、
いちどだけブルベでも長崎県内を走ったことはありましたが、
実質的に初めてといって過言ではないほど
長崎県とは縁がありませんでした。
「坂」というイメージもありますし、
本能的に避けていた感すらあります。
長崎サイクリング 街中編_d0211129_14510223.png
あらためて長崎県の地図を
眺めてみると、本土だけでも
異様に複雑怪奇なシルエットです。
半島に次ぐ半島で、
それらがイカやタコの足のように
くねりながら伸びています。
なお、画像はグーグルから拝借してますが、
実際のプランニング時は「ツーリングマップル」と
Ride with GPSを利用してます。

長崎県の地形的な複雑さは、
長崎県のホームページにおける「長崎県のすがた」という
記述が明快なので、以下に引用させていただきます。

---------
本県は、九州の西北部に位置し、東西213km、南北307kmにおよぶ県域である。その中の陸地(総面積4,105.47km2、平成23年10月1日現在)は平坦地に乏しく、いたるところに山岳、丘陵が起伏し、海岸線は多くの半島、岬と湾、入江から形成されており、海岸線の延長は4,184km(平成24年3月31日現在)におよび、北海道につぎ全国第二位(北方四島を除くと第一位)の長さを示している。

東は島原半島が突出し、有明海を隔てて熊本県、福岡県と相接し、南は長崎半島が天草灘に望み、西海上には五島列島が、西北海上には壱岐、対馬があり、朝鮮海峡のかなたに韓国を望んでいる。
---------

北方四島を除くと北海道より海岸線が長い、
というのが凄まじいじゃないですか。
ちなみに、長崎県の面積は47都道府県中、37位です。
たいして広くないのに海岸線が異常に長い。
複雑というより、もはや支離滅裂な地形ですが、
自分の思考もほとんど支離滅裂なので、
「一周してみたい」と思ってしまいました。

もちろん車道を走るので、一周っぽいルートを作っても
4000kmもの距離にはなりません。
しかし、決して短くもなく、長崎駅を起点にして、
島原半島、長崎半島、西彼杵半島、北松浦半島へと
おおむね時計回りに走っていくと、
1日100km以上走っても
一週間はかかります。

実のところ、しばらく前から計画を温めていて、
妻には折に触れて
「俺、今の仕事が終わったら長崎行くんだ……」と
言い続けていたので、なんとなく
一週間くらいは家を空けてもいい雰囲気を
醸成していたのです。
長崎サイクリング 街中編_d0211129_17213116.jpg
いざ、長崎へ。
関東からの九州入りは、ほとんどの人が
ヒコーキを利用すると思いますが、
ここはあえての新幹線しばり。
運賃2万8000円とお安くはありませんが、
距離を考えれば納得できます。
LCCが安すぎるんですよ。
ちなみに、西九州新幹線の乗車時間はわずか30分弱、
それに対して東海道山陽新幹線には5時間も乗るという(笑)。
ぼっち旅なのでやりたいほうだいです。
一週間分のルートは作成済みでハンディGPSに入れてありますが、
宿は初日と二日目しか予約してません。
まあなんとかなるでしょう。
ちなみに、今回はキャンプと釣りは封印。
あまりに土地勘ないので、走りの軽快さを
優先しました。これが吉と出るか凶と出るか……。
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お昼少し前に博多駅に到着。
新大阪より先まで乗ることは滅多にないので、
飽きずにそれなりに楽しめました。
そして、「リレーつばめ」への乗り換え時間は7分。
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在来線ホームがそれなりに遠く、
着いたら発車間際。お弁当を買い損ねました。
九州新幹線が部分開業だった時も
リレー号として活躍していた特急ですね。
これで「かもめ」が待つ武雄温泉駅へ。
乗車時間は1時間ほど。
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さすがに老朽化が目立つ車両ですが、
JR九州らしい「旅感」は健在。
乗車率は2、3割で空いてました。
お腹も空いてきました……。
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真新しい武雄温泉駅では、同じホームの対面で
「かもめ」が待機中。乗り換え時間わずか3分。
親子連れが記念撮影に興じていて、
気持ちは激しくわかるけれど、
早くどいてと言いたい。
それにしても、カラーリングが異なるだけで
N700Sもずいぶん印象が変わるもんですね。
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木の香りが漂う車内。
当然ながら綺麗で気持ちがよいものです。
輪行袋の定位置は、東海道・山陽新幹線と同じように
「特大荷物スペースつき座席」となっているので、
そこの指定券を取っておきました。
こちらも乗客は少なく、ちょっと拍子抜け。
もちろん、乗り物は空いてるほうが快適なのですが、
先行きがやや心配な新幹線ではあります。
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わずか28分で長崎駅に到着。
全体にトンネルが多かったですが、新大村駅の前後では
海を望める区間もありました。
文字どおりあっという間で、車内販売もなし。
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装いを一新した長崎駅では、
お土産ショップと食事処が連なる
「長崎街道かもめ市場」が待ってました。
こちらはずいぶんと人が多くて賑わってました。
が、ぼっち好きなのでそそくさと外へ。
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「弱ぺ」とコラボ中の長崎駅。
原作者さんが長崎出身でしたね。
14時前には輪行を解除して走り出しました。
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いい加減にお腹空いたので、まずはご当地グルメw
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かきちゃんぽん。美味しかったです。
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初日の走行ルートはこんな感じ。
長崎駅を起点に、反時計回りに長崎港まわりを
周遊する距離23kmほどのショートコース。
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駅の対岸に渡ると三菱通り。
三菱重工の造船所が現れます。
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100年以上も稼働しているジャイアントカンチレバークレーン。
その脇では護衛艦「もがみ」型が艤装中。
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戦艦武蔵を作ったという船台のあたり。
建物やフェンスにさえぎられてよく見えませんが、
こちらにも「もがみ」型がいるようです。
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となりのドックでは、整備中のイージス艦「こんごう」と、
3隻目の「もがみ」型が鎮座。
山がすぐ迫る地形ゆえに
道がドックより高いところにあり、
まさに丸見え……。
戦艦武蔵を建造した際、防諜に苦心したという
エピソードが納得できる景観です。
こんな様子が拝めただけで、
長崎に来た甲斐あるなーと、うきうきですよ。
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しかし地形が複雑なこと……。
ちょっと脇道にそれると、すぐに階段です。
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長崎港の出口に架かる女神大橋へ。
有料道路ですが、自転車は無料。
地図を見たときはアプローチがよくわかりませんでしたが、
現地に行けば案内が親切で問題なし。
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桁下65mという高さから
長崎港と市街を一望できる女神大橋。
なかなかの絶景です。長さは1200mもありますが、
散歩している人もちらほら。
両側に広めの自転車歩行者道があるので、
こわくありません。
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見事な斜張橋。
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橋を降りて市街へ戻っていくと、
古風なスロープが伸びる小菅修船場跡。
明治元年に完成したという、初の洋式船架だそうです。
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いちおう行っときますか、くらいの
気持ちでグラバー園をめざすと、
容赦のない急坂が出迎えてくれます。
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いちおう見ておきました。
さすがに来園者が多かったですよ。
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グラバー園からも護衛艦がよく見えました。
隠すもんでもないでしょう。
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石畳の細道をなりゆきで進んでいくと、
神社、お寺、教会の三つが
勢ぞろいする地点がありました。
中華街も近く、さすがの多様性?
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階段……
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斜行エレベーター。
東京や京都と違って、自転車で
観光している人は皆無です。
配達員も見かけませんね。
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路面電車が走る街は
無条件にいいね。
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有名なオランダ坂。
ここも勾配20%。石畳だとよけいに険しく感じられ、
とっとと降りて押しました。
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異国情緒は抜群。
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出島。
埋め立て地が広がって、もはや島ではありません。
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眼鏡橋。
川や海沿いは平坦。
長崎サイクリング 街中編_d0211129_19041703.jpg
近代的な金属活字も
長崎が発祥の地です。
もはや喩えとして存在するだけのような「活字」ですが
活字で印刷された本は微妙な凹凸や
文字の太りがあって好きでしたね。
長崎サイクリング 街中編_d0211129_19065498.jpg
路面電車が行き交う目抜き通りを北上。
宿をとったのは、長崎駅の隣の浦上駅あたり。
長崎サイクリング 街中編_d0211129_19074351.jpg
駐車場が狭くて駐輪ダメ、
袋に入れないと持ち込みだめ、という微妙な
ビジネスホテルでしたが、まあ寝れればOKですわ。
こうして初日は終了。
ふだんはしない「観光」も、たまには
いいものですね。
長崎サイクリング 街中編_d0211129_19091767.jpg
翌日は、6時半には宿を出ました。
長崎の街を後にする前に、平和公園へ。
平和を祈る気持ちとともに、
誰が原爆を落としたのかを考えざるをえません。
「惨禍を再現せしめてはならない」とは
落とした相手に対して言うべきだと思うのです。

………………

いよいよサイクリングの始まり。
めくるめく半島ツーリングなのです。

以下、あらためて。



# by cyclotourist | 2022-11-20 19:46 | Comments(0)

ああ、鯖街道

こんにちは、田村です。

気がつけば半年もブログを放置。
最近はTwitterでちょろっと呟けば
生存報告ができて自己顕示欲も満たされますし、
後から見返せばブログの役割でもある備忘録になります。
どうもあらためてブログを書く気が起きないんですよね。
割と仕事がぱらぱらあり、
まとまった期間を遊びのサイクリングに
充てられなかったということもあります。

しかし、先週末(11月5〜6日)に
たいへん有意義なサイクリングを
実践してきましたので、書いておこうと思います。
ああ、鯖街道_d0211129_16225022.jpg
「鯖街道」を走ってきたのです。
三度目になりますが、今回は自転車史に
残るであろう壮挙に、京都の先輩と共に挑みました。

言うまでもなく鯖街道とは、
日本海で採れたサバを京都へ運ぶために
利用された歴史的な街道です。
東西さまざなルートがあり、
若狭と京都を結ぶ街道を
鯖街道と総称しています。
サイクリング的にもさまざまなルート取りが
可能なのが魅力。
国道367号で熊川宿を経由するのが
もっともシンプルで走りやすいですね。
一方、「茅葺の里」美山を経由して高浜に出たり、
標高800mの「おにゅう峠」を越える
山間ルートなどがあります。

鯖街道を自転車で走る「だけ」なら、
無数の人が実践してます。
なかには、京都〜若狭小浜を
日帰りで往復する猛者もいるそうです。
距離や獲得標高はサイクリストにとって
もっともエバれる要素ですから、
そっち方面でがんばる人は偉いなあと
思いますが、我々はさらに斜め上をめざしたのです。

「サバを釣って鯖街道を走ろう」

もう出落ち感が満載のテーマですが、
鯖街道の歴史的背景にこれほど
ふさわしいサイクリングのテーマもないでしょう。
ダジャレちゃうでw
ああ、鯖街道_d0211129_16322180.jpg
大津に前泊したので、
朝早くても余裕のスケジュール。
この夏は大津を定宿として関西サイクリングの
ムックを作ったりしたので(大津に10泊以上した)、
すっかり第二の故郷です。
京都の先輩には「二級滋賀県民」と
呼ばれてますよ。

思い起こせば、根っから関東人である自分が
関西のサイクリング本を作るなんて無理があるのですが、
幸いにして関西にも頼れる先輩サイクリストの方々が
いらっしゃいます。そうしたみなさんの
お力でなんとか本になったのですが、
真夏の実走取材はそれはそれは厳しく、
特に京都盆地や奈良盆地の暑さは殺人的でした。
京都の先輩にも取材サイクリングを
なんどもお願いしたのですが、お互い暑くてヘロヘロ。
なかばボーゼンとしつつ、秋になったら
サバ釣って鯖街道走りたいね〜なんて、
どちらからともなく言い出したような気がします。
以前の「14インチでビワイチ」と同じノリですねw

閑話休題。
ああ、鯖街道_d0211129_16341158.jpg
琵琶湖の南に広がる大津市街は、
東海道で最大規模の宿場町でもありました。
いまでもレトロな風情がうっすら残ってます。
ああ、鯖街道_d0211129_16350833.jpg
浜大津駅へ入っていく京阪京津線の路面電車。
長大な4両編成で併用軌道区間を走る様子は
かなりの迫力。チンチン、とかいって
単行でちまちま走る都電とはスケールが違います。
ああ、鯖街道_d0211129_16371061.jpg
2両編成が走る石山坂本線も風情があります。
早起きした甲斐があるというもの。
ああ、鯖街道_d0211129_16383583.jpg
ユーフォ号が来てくれました。
この路線はアニメラッピングを積極的に
採用しており、今は京アニの名作をまとって運行中。
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神々しい……。
すっかり満ち足りて家に帰りそうになりますが、
メインテーマに戻ります。
ああ、鯖街道_d0211129_18033789.png
初日は、JR湖西線で近江今津駅まで輪行し、
九里半街道で単刀直入に小浜へ。走行距離はわずか40km。
早めに現地入りし、実釣調査するつもり。
そして早く寝て、翌朝にサバを釣りあげ、
鯖街道をフルに走りきって京都へ戻る算段です。
ああ、鯖街道_d0211129_18063465.jpg
大津京駅から輪行。
高架駅なので、駅自体に風情はありませんが、
見晴らしがいいのがうれしいところ。
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ふと下を見ると、眼下を
京阪電車を走っていきます。
ここでユーフォ号を撮り鉄したい……。
ああ、鯖街道_d0211129_18074145.jpg
ほどなくして、乗るべく新快速がやってきました。
関西生活中は、いったい何回この新快速に
乗ったことか……特別料金なしで最高時速130kmを
出して快走するのですから、重宝な電車です。
ああ、鯖街道_d0211129_18092922.jpg
車内で京都の先輩と合流。
駅でも改札でもなく、車中で
待ち合わせるのがツウっぽい。
実は先週も会ってたりw
ああ、鯖街道_d0211129_18101350.jpg
高架を進むので、車窓もなかなか。
ときおりは琵琶湖を見渡すことができ、湖東を走る
東海道本線より湖西線は何倍も気分がいいです。
しかし、北へ進むほど雲が厚くなり、
サイクリング的にはちょっと心配な空模様。
日本海が近づいてきたなと思います。
ああ、鯖街道_d0211129_18134191.jpg
9時過ぎに近江今津駅で下車、
自転車をとっとと組み立てます。
駅前に「女騎士館」という喫茶店(?)があって
いつも気になるのですが、いつもスルー。
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先輩はビゴーレ・山と旅の自転車プラス、
自分はジェイミス・レネゲード。
今回はホテルに泊まりますが、釣り道具があるので
キャンプ並みの重装備感があります。
ああ、鯖街道_d0211129_18163261.jpg
街を抜けると、ゆるゆるとした上りで
人気のない山裾を進んでいきます。
あたりは陸自の饗庭野演習場です。
ああ、鯖街道_d0211129_18182888.jpg
トンネルを2本ばかり抜けて
下り出すと福井県、若狭です。
滋賀県と北陸エリアの近さをあらためて実感。
標高は200mまで上がりますが、琵琶湖がすでに
標高100m近くあるので、ほとんど
上った感がありません。
こんなにも楽な鯖街道があるのに、
どうして「おにゅう峠」越えなどの
西の鯖街道があるのか少し不思議なくらい。
ああ、鯖街道_d0211129_18211650.jpg
すぐに熊川宿。
入り口に広がる道の駅には、ちょっとした
ミュージアムが。
ああ、鯖街道_d0211129_18215770.jpg
鯖、鯖、鯖……待ってろよ、釣るから。
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1kmくらい、古風な宿場町風情が続きます。
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田園地帯をしばし走って市街へ向かうと、
割と大きな釣具屋さん。ここで
ルアーを補充しておきます。
ああ、鯖街道_d0211129_18241225.jpg
小浜駅。変わってないのがうれしい。
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街はだいぶ再整備され、
きれいになりましたが少しよそよそしくも
感じました。
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街中にもミュージアムが登場。
しかし、ちょうどお昼でお腹が減ってきたので、
てきとうな食事処を探すことに。
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渋い蕎麦屋さんを見つけて吸い込まれました。
カツとのセットが目新しいので注文
このあたりでは定番なのでしょうか。
お蕎麦もカツも、普通に美味しかったですね。
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小浜には古刹が多く、「海の奈良」なんて
呼ばれるそうです。
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後瀬山城の麓にあった、大名屋敷の
復元と整備が計画されているみたいです。
ゲーム「信長の野望」が大好きな自分には
「弱いほうの武田」(若狭守護の武田氏)の居城として
なじみぶかい(?)お城。
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お腹も満ちたので、
「人魚の浜」に出て、釣り場を物色。
京都の先輩がすでに実走調査済みで、
この浜と、小浜漁港まわりに
足場がよい堤防があることを教えてくれました。
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波止があるので湾内は穏やか。
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2本も竿を持参した自分。うきうきw
竿を折ったことがあるので、1本は予備です。
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待望の日本海にエギを放り込みます。
シマノが誇るフラッシュブーストです。
小浜ではイカが上がるらしいので、それ狙いのルアーです。
サバじゃないんかい! と突っ込まれそうですが、
サバを鯖街道で持ち帰るのは明日なので、
この日はイカ狙いなのです。
イカはさばくのが簡単なので、
宿でビールのツマミにできたらいいなあ……と。

ちなみに、明朝にサバを釣ったら、
その場で頭とワタを落として簡単にさばき、
塩を振った上で、簡易的な保冷袋(保冷剤入り)に入れて
持ち帰る算段です。もう暑くはない季節ですし、
大丈夫でしょう、たぶん。
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ふりむくと後瀬山城があった山並み。
貿易港を抱えた天然の要害だったことがわかります。
なんにせよ、釣り的には
実にいいロケーション。
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しかし、案に相違して、先輩も自分も
まったく釣れません……。
ああ、鯖街道_d0211129_18475944.jpg
割ときっぱり諦めて、17時前に宿へ。
イカが釣れなかったのは残念ですが、
勝負は明朝ですから問題ありません。
先輩が予約してくれたホテルナガタ、レトロです。
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実に懐かしい雰囲気。トイレこそ近代化改修済みでしたが、
全般に昭和な感じ。
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ホテルがある通り沿いの
食事処へ。こちらもいい感じ。
お好み焼きがメインのお店でしたが、
お刺身も抜群。しばらくすると満席になるにぎわいで、
あきらかに地元の方ばかりでした。
明日へ向けて英気を養い、宿に戻ったら
21時にはとっとと寝たのでした。
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決戦の日曜日。5時には宿を出ました。
まだ真っ暗。寒さもあり、軽く武者震いしながら海へ。
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少しずつ明るくなる頃合いは、
「朝まずめ」といって、お魚の活性があがって
釣れる時間帯といわれます。
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イカ用のエギは封印し、
サバに効くメタルジグをラインに装着。
自分の勝負カラーで実績もある金赤を
輝きだした海へ投げ込みます。
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先輩も本気モード。
互いにヘッドランプを灯して支度しつつ、
せっせとルアーを投げ込み、思い思いのアクションで
サバを狙います。
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朝のおとずれ。しかし、1時間ほどしても釣果なし。
釣り場を小浜漁港へとスイッチします。
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漁港の長い堤防は、すでに多くの同好の士で賑わってます。
我々もせっせと竿を振るいます。
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しばらくして、ついに釣りあげました。
ああ、鯖街道_d0211129_19113905.jpg
なんですか、これ?
サバじゃないのはわかりますが……。
Twitterでつぶやいたところ、先輩諸氏が
「アイゴ」だと教えてくれました。
ヒレにトゲがあるので素手で触るのは厳禁だとか。
さいわい、触れることなくリリースしました。
これはこれで美味しいらしいですが、
サバじゃないですから。
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8時くらいまでがんばりましたが、
これ以上ねばると、鯖街道を走る時間の確保が
怪しくなってくるので、悔しくも堤防を去ることに。

「サバ釣って鯖街道」、終了……。

しかし、我々の本分はサイクリストである。
語弊を恐れずにやけくそ気味に言えば、
釣りやキャンプやグルメそのほかも、
「プラスα」の要素である。
それはそれで大切だし楽しいけど、
サイクリストの時間を失ってはならないだろう。
紅葉の「おにゅう峠」が待っている。
ぐすん。
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この日のルートは、港町(つまり標高ゼロ)の小浜から
標高800mのおにゅう峠に駆け上がり、
80km先の京都は出町柳を目指すのです。
「京は遠ても十八里」というのが鯖街道の
キャッチコピーで、意外と近い、みたいな
ニュアンスを感じさせるけど、実際のところ、
けっこう遠い。
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「朝コメ」で英気を取り戻し、
9時に小浜を後にしました。

そして、上ること2時間……
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色づく山並みの向こうに日本海。
以前訪れた時は曇天だったので
「日本海が見える峠」という認識はなかっただけに
感慨もひとしお。
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未舗装だった区間もなくなりました。
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峠の直下には見晴らしポイント。
ここにまた兄貴と来ることができて大満足。
サバが釣れなかった悔しさも
消し飛びました(半分くらいw)。
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天候に恵まれた週末、しかも紅葉が見頃とあって、
峠は予想外の大混雑。自分たちも訪れていてナンですが、
峠は寂しいくらいがちょうどいい。
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滋賀県側のビュースポット。
彫りの深い山並みを彩る紅葉に見入ることしばし。
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長い長い下りを経て、
4時間ぶりに自販機と再開。
ほっとする瞬間が心地いいのです。
この先で国道に出るのですが、
またそこから京都市街までは長い長い……。
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明るさが十分に残る時間に
京都駅に着けたのは望外の喜びでした。
とっとと輪行支度を済ませ、
駅前の展望居酒屋で反省会。
反省することは多いけれど、走りきった充実感が……
悔しさを上回り……

実はすごい悔しいです。こうしてブログ書いてる今も
けっこう悔しかったりします。
悔しくて死にそう、とまでは
言いませんが、サバが釣れなかったのは
やっぱり残念なのでした。

また来年、かな。
先輩、よろしくお願いします!




# by cyclotourist | 2022-11-12 20:19 | おしらせ | Comments(2)