こんにちは、田村です。
サイクリングにおいて、
もっとも重要なのはプランニング、
つまり行程計画だと思っています。
そして、プランニングを決めるのは
「テーマ」だと思います。
「趣味性」と言ってもいいかもしれません。
長崎を走りたい、というだけでは漠然としすぎていて
プランニングしようもありません。
単に景色がいいとか、美味しいものがあるとか、
そういうのはオマケだと思ってます。
今回、幸いにも日によって
多様なテーマを盛り込むことができたと思います。
初日は新幹線の体験と港町めぐり、
二日目は旧街道と鉄道旅情、
三日目は峠といった具合に
好みのテーマで走ってきました。
そして四日目のテーマは「廃線」です。
加えて、以前から訪れてみたかった
古城にも寄ることにしました。
かなりマニアックな趣味ですが、
サイクリングと相性がいいのは経験的に
間違いありません(個人の印象です)。
島原半島にはふたつの廃線があります。
島原鉄道の南目線(島原港駅〜加津佐駅)と
小浜鉄道(肥前小浜駅〜愛野駅)です。
前者の廃線は平成20年(2008年)であり、割と最近です。
後者ははるか昔、昭和13年に廃線となったそうです。

四日目はこんな感じで島原半島をぐるりと周遊。
なかばアドリブで、距離はちょうど100kmになりました。
なかなかに広い半島です。
海沿いを進む限り目立った坂はなく、
距離を稼ぎやすいのがうれしい。
宿を出て南へ向かうと、
ほどなくして眉山を背景にした島原港があらわれます。
フェリーなどは新しくできた島原外港に就航しており、
こちらは漁港です。
「島原大変」で眉山から押し寄せた土砂によって
広がった陸地に設けられたそうです。

島原港がある地域の町名は「新地」。
土砂によって生まれた陸地に作られた
新しい町、ということですね。

新地という地名は全国的にありますが、
歓楽街と同じ意味であることが多いです。
島原港の新地にも、なんとなくそれっぽい
建物が散見されました。
古くからの港町に多いアレですよ。

島原港の最寄駅となるのは、島原船津駅。
車両基地があり、終点のひとつ手前です。
終点の島原港駅は南の外港に近く、
先にリポートしたように、パチンコ屋が隣接した
殺風景な駅です。
もともとは終点でないのですから、
いたしかたないでしょう。

国道251号を南下していくと見落としがちですが、
ちょっと逸れて横道に入ると、
点々と島原鉄道の廃線遺構が現れます。
近代的な鉄橋や高架が多く、あまり古びてません。
島原鉄道は平成の雲仙普賢岳噴火で大きな被害を受けて、
国や自治体から支援を受けつつ1997年に復旧したものの、
前述したように2008年に南目線を廃止。
つまり、25年前に作り直された区間が多く、
それが古びる間もなく、わずか14年ほど前に
廃線になったのです。
だから遺構が妙に生々しく、レールこそないものの、
かなり原形をとどめています。
全国的にも珍しい廃線と言えるのではないでしょうか。

路線の復旧とともに改修された河川の土手は、
土砂の勢いを弱めるようジグザグになってます。
そして立派な鉄橋が架かっています。
そして今、この廃線区間が
自転車歩行者道として生まれ変わろうとしているのです。

事前に報道を読んでいたので知っていましたが、
現地で目の当たりにすると感動を覚えます。
乗ったことはない南目線ですが、
それがサイクリストのための立派な道として
蘇るわけです。

多くの区間で、来年の2月には完成するようです。
その前に訪れることができたのは
廃線好きとしては貴重だったかもしれません。

すでにほぼ完成している区間も現れましたが、
まだ立ち入り禁止でした。

ほとんどの駅が残っています。
現役区間と同じような量産型の駅舎が
次々と現れます。
サイクリングの休憩スポットとして
活用されるのでしょうか。現状は
単に放置されている様子。
それはそれで自然体であり、廃線旅情があって
味わい深いとも思います。

基本的に単線ですが、
列車が行き違いできる駅(だった遺構)も多いです。

国道より高いところに線路が通じていた区間もあり、
車道を行くよりもビュースポットが増えそうです。
ただ、現状の車道(おもに国道251号)も
島原市街を抜けると交通量は激減し、
とても走りやすいです。

駅舎が渋い……。やはりこのまま残してほしい。
「サイクリストの聖地」なんて
看板を掲げないでほしい……とも思いますが、
サイクリストの聖地を名乗る資格はありそうな
ルートになるのも間違いなさそう。

沿線で大きめの街が有家。
駅も立派です。駅舎はいまもバスの待合所として
利用されていました。

線路の跡は、車道より海側へ行ったかと思えば、
山側へ移ってきたりして、変化があります。

有家を過ぎると、ほどなくして日野江城が見えてきました。
戦国時代、このあたりを領地にしていた
有馬氏の居城です。
標高70mほどの小山を生かした平山城。
有馬氏は佐賀に攻め込んだこともあったそうで、
島原の「国力」はあなどれません。

立派な石垣が残ってます。
発掘調査によると直線的な石積みの階段もあったそうで
(調査後に埋め戻されてる)
そこにはたくさんの仏塔が使われていたそうです。
その時の領主が有馬晴信。
二日目に訪れた沖田畷で戦ったのも有馬晴信でした。
紆余曲折を経てキリシタン大名になった晴信は、
領地の寺社をぶっこわしたと伝わってます。
そして仏塔を日野江城の石材として使ったという……。
ちなみに、さらに紆余曲折を経た有馬晴信は、
流罪になって天寿をまっとうしてません。
(くわしくはググって)
戦国時代に限らず、宗教がからむと極端な
行動に走るヒトが多くてこわいですね……。
こんなに立派なお城があって、周りに平地もあるのに
あらためて島原城を築いた
松倉重政の意図も気になるところです。

日野江城の最寄りだった北有馬駅。
駅舎やホームはそのままに
自転車歩行者道の整備が進んでる様子に
廃線好きとしてほっとします。
すでに崩壊寸前の原城駅。
これは取り壊すしかないんだろうな……。
「島原の乱」の舞台となった原城の最寄り駅でした。

世界遺産になった原城。
廃城になったお城の多くは自然の野山に戻ったり、
畑や住宅地になって原形をとどめないことが多いですが、
世界遺産になっただけに復元整備の状況が極上。
日野江城の支城として築かれた原城ですが、
ひとめ見ただけでも本城を上回る規模に思えます。
海に面した小さな半島(島原自体が半島ですが)を
まるごと城塞にした感があります。
これだけ壮大だからこそ、3万を超える一揆勢を
収容できたのでしょう。
それを10万もの幕府軍が包囲したというのですから
なんとも規模の大きな戦いです。
ただし、どうしても気分が暗くなる城跡ではあります。
一揆勢は皆殺し、という結末を知っているので、
「歴史」と割り切ることができない
悲壮さが漂います。
これが名だたる戦国武将同士が戦った
沖田畷とかだったりすると、「信長の野望」を
プレイする延長で気楽に訪れるわけですが、
何百年たっても島原の乱は重いんですよ。

そんな重さを木っ端微塵にしてくれる
「聖地巡礼ガイド」なるものがありました。
看板のQRコードを読み込むと
人気(一部で)アニメのキャラが、
軽妙に島原を紹介する動画が再生できます。
なんとも平和な時代です……。
なお、邪神ちゃんがQRコードをさらすなと言ってたので、
写真を切ってますw

原城あたりの廃線区間は
自転車歩行者道がほとんど仕上がってます。

廃線もいいのですが、もっと海寄りの
細道もあったりするので、アドリブで走ると楽しいです。
南へ行くほど海の透明度が上がってきます。
写真中央に伸びている岬が原城です。

島原半島の南端にある港町、口之津。
かつて南蛮船が寄港したそうです。

半島の南端に至るも街が続き、
全体的にレトロながら都会感すらあります。

終点の加津佐駅後は、海水浴場に面してました。
なにか催しがあるのか、テントがたくさん。

終点にFamily Mart。
サイクリストにとって便利な
ルートに仕上がりそうです。
そして、お楽しみは続くのです。

「ツーリングマップル」もおすすめの
棚畑展望台。山が丸ごと、だんだん畑になってます。
平坦な海沿いルートを捨てて、県道で標高200mまで
上る必要はありますが、一見の価値がある光景です。
というか、こんな畑を見たことがありません。
多くがジャガイモ畑だそうです。
平地に比べれば苦労が多いことと思いますが、
畑の総面積はかなり広いのではないでしょうか。

自販機まで絵になる……気がします。

再び国道に降りて半島の西側を北上していくと、
すぐに小浜温泉が現れました。
すでに日が傾きだしたので、
たまには温泉地に泊まるのもいいかな〜と思いましたが、
10件電話して全部満室……旅行支援オソルベシ。
観光案内所で「あそこが一番大きくて部屋多い」と
聞いたホテルに電話してもダメ。
観光案内所の前にあったベンチに腰を下ろし、
スマホと格闘することしばし。
愛野駅の近くにある旅館に電話したところ、
予約できました。
次なる廃線跡は
小浜温泉の2kmほど北から愛野まで伸びてます。
いい加減に日も傾いてきたので、
お楽しみは明日にしようと思ったのですが、
小浜温泉で宿が取れなかったのですから、
走ってしまうしかないね。

終点だった肥後小浜駅の跡であることを示す石碑。
路線図も描かれています。
はるか昔の廃線なのに大切に思っている人が
いることを物語ります。
愛野まで距離約20km、出発進行!

島原鉄道のように生々しい遺構はありませんが、
いかにも鉄道っぽい道筋が伸びてます。
鉄道は基本的に勾配が苦手なので、
土手を盛ったり山肌を削ったりして
なるべく平坦な路盤を作ります。
その恩恵に浸りながら快走。
山側の国道を見ると、ぐいぐい上っていて
しんどそう。廃線ばんざい!

この細さ、間違いなく鉄道のトンネルです。
海沿いに敷かれた小浜鉄道は難工事の末に
3つのトンネルをうがち、いくつも切り通しを
設けてレールを敷いたとか。
そして昭和のはじめごろに開業したものの、
早くも昭和13年(1938)には廃業。
時代と背景は異なりますが、
島原鉄道南目線が復旧後に
わずか15年で廃止されたことに通じるものがあります。
せっかく作ったのに……と思いますが、
いまもこうして走れるのでサイクリスト的には
御の字です。なお、小浜鉄道の跡は
一般道であり、民家の軒下をかすめるような
細道も多いです。

いい細道。車道として作られたら急坂になったでしょうが、
ほぼ真っ平ら。
緑のトンネルとよばれ、
地元で愛されているようです。
いったん作られた鉄道は完全に消えることはありません。

しかし、千々石の海沿いで通行止め。
暮れなずむ細道に別れを告げ、
国道で愛野の旅館をめざしました。
二日ぶりの愛野駅。きゅっとくびれた島原半島の
付け根に戻ってきました。

ほぼ駅前の旅館、春日屋さん。
いい感じです。日が落ちきる前に
たどりつけてなにより。
お部屋は、予想外に洋風。なんにしても出来過ぎの寝床を確保することができ、適量のビールをいただいてからとっとと寝たのでした。ここまで平穏無事と言っていい
癒しのサイクリングを満喫してきたのですが、
翌5日目は、本気を出してきた
長崎の地形に翻弄されるのでした……。
続きはそのうち。