こんにちは、田村です。
長崎サイクリングの三日目は、長崎のみならず九州を
代表する峠と言っても過言ではない
仁田峠をめざしました。
ひさしぶりに1000m級の峠を越えます。
三省堂の「日本山名事典」によると標高1060m、
「ツーリングマップル」によると標高1020mです。
サイクリストにとっては阿蘇の峠ほど有名ではないようですが、
オートバイの峠に関する本や
長崎観光の本では必ず仁田峠が紹介されています。
雲仙の観光では外せない人気スポットです。
島原をスタート&ゴールにした
ほぼ周回ルート。距離は約56km。
7時前に宿を出発。
本来ならもっと早く走り出したいのですが、
7時くらいにならないと明るくなりません。
また、なんとなく島原が気に入ったので
連泊しようと思ったのですが、
すでに満室でした。同じ宿に連泊できれば、
着替えや輪行袋などを置いて走り出せるのですが、
やむをえません。
国道57号を南下していくと
雲仙の前峰である眉山が眼前に迫ります。
「島原大変肥後迷惑」では、この眉山が
崩れて土砂が有明海まで流れたそうです。
南から西へ回り込むように進んでいくと
眉山の向こうから平成新山が姿を現します。
その名のとおり、平成3年からの噴火活動で
出現した溶岩ドームです。
200年前の眉山と異なり、まだ歴史になりきってない
生々しさを感じさせる山容です。
雲にまぎれてますが、山頂からは
今もうっすらと噴煙が上がっています。
国道を片道1.5kmほど外れて、
裾野の傾斜地に建つ旧大野木場小学校へ。
火砕流の熱風で焼失した被災校舎です。
土石流自体は北に位置する川へ流れたそうですが、
熱風は直進して校舎を直撃したそうです。
おそろしいとしか言いようがありませんが、
当時、すでにこの学校がある地域は
警戒区域に指定されており無人だったそうです。
「誰も被害に遭うことはありませんでした」と
現地の解説板にあり、安堵。
裾野に広がる段々畑。
伊豆や三浦半島より広々としており、
収穫も多そうです。
市街地を抜けてもコンビニが存在していて、
補給に困るような田舎ではありません。
少しずつ標高を上げていくと、
島原湾を望む展望スポットも現れました。
雲仙市に入るあたりが標高500m。
思ったほど冷え込まず、ひと安心。
紅葉があたりを彩るようになりました。
市街から20kmほど進み、標高を700mまで
上げたところで仁田峠循環自動車道へ。
この道は反時計回りの一方通行。
環境保全金として100円を払って進みます。
勾配はおおむね10%以下で、
距離はあるもののキツくはありません。
11時前に半島南部を見渡すことができる
展望台に到着。胸が清々するような
広い視界と爽やかな風がご褒美。
ややクルマが多いものの、一方通行なので
対向車の飛び出しを恐れる必要なく
リラックスして上ることができました。
ここから峠はすぐそこで、
勾配もいっそう穏やかになります。
仁田峠に到着。
妙見岳に登るロープウェイの駅があります。
人がそこそこ訪れていたこともあり、
ロープウェイは見送りました。
自転車で行けるところだけで十分です。
お土産品の売店があります。
食事がしたい頃合いでしたが、そういう店は
なかったので、レインジャケットを着て
長指グローブをはめ、とっとと下ります。
峠の気温は10℃ほどでした。
あっという間に国道389号へ合流。
こちらは上りに使った国道57号より
線形が直線的で路面状況もよく、うっかりすると
相当なスピードが出てしまいます。
北側の斜面も一面の段々畑。
島原半島で水田はあまり見かけません。
単に刈り取ったあとで目立たないのかもしれませんが。
下界に降りたら、せっかくなので
大三東駅を再訪。昨日より空が青い。
この駅はいろんなCMに登場してるようですから、
婦女子にもずいぶん人気があるようです。
ただし、ほとんどの人がクルマかオートバイで
訪れています。
国道沿いにうどん屋さんがあったので
吸い込まれました。
うどんのちゃんぽん。
個人的には中華麺よりイケると感じました。
一緒に出された塩を降るといっそう美味しく、
峠から下ってきた身に沁みわたります。
さて、旅立つ前の机上プランだと
この日は半島の南部へ足を延ばすつもりでしたが、
島原をもっとゆっくり味わいたいので
やっぱりもう一泊することにしました。
幸い、島原駅に近いホテルを確保できました。
武家屋敷を再訪。
街角の資料館にも入ってみました。
受付で老婦に入場料300円をお渡しすると、
やおら腰を上げて展示室にお出ましになり、
丁重な解説がはじまりました。
展示品のすべてをまるで私物のように知り尽くしており、
島原の乱から島原大変、そして先の戦争に
出征した兵隊さん関係の史料などについて
とうとうと語ってくれました。
もしかしたら、ご自身の旧家を資料室にしたのかもと
思いましたが、解説が熱心かつ雄弁で止まることなく、
口を挟むタイミングを逃してしまいました。
「当時の人が今の日本を見たらどう思うでしょうか」
などと重い質問をされたりして、
ただ単に遊びで島原を訪れている自分は
「あ、うーんどうなんですかね。情けないですかね?」と
ばかっぽい答えしか返せませんでした。
いつまでも解説が終わる気配がないので、
「ぼちぼち列車が……」とお伝えして
おいとましました。別にうそじゃありません。
資料館には、わずかながら島原鉄道に関する
展示もありました。開業当時に走らせた機関車は
新橋・横浜を走った一号機関車を
国鉄から譲り受けたそうです。この機関車は、
今では大宮の鉄道博物館に展示されています。
さて、実のところ時間はたっぷりあるので
(そのために島原にもう一泊するのです)
島原駅の駐輪場に自転車を止め、
列車に乗ることにしました。
地元高校の美術部による
大きなイラスト。
なんていうことはないディーゼルカーですが、
初めて乗るローカル線にわくわく。
線形はいいのにガッタンガッタン揺れます。
ほどなくして大三東駅に到着。
三度目の訪問。
奇しくも昨日の訪問と同じ時間になり、
臨時列車と行き交いました。
猫が描かれたベンチと神代みさきさんが共演。
すてきな駅じゃないですか。
海が近い駅としては、JR予讃線の下灘駅が有名ですが、
大三東駅のほうが近いです。
ちなみに、自分が知る限り「日本で一番海が近い駅」は
JR鶴見線の海芝浦駅だと思います。
ホームが堤防そのものだった気がします。
30分ほどしたら、島原行きがやってきたので乗車。
本当に少しだけですが運賃を払って乗車でき、
「タダ見」じゃなくなりました。
島原駅で自転車を回収。
閉じたシャッターが多い商店街をなんとなく散歩。
ほとんど人通りがなく寂しいなあと思っていたら、
ユーミンの「恋人がサンタクロース」が
スピーカーから流れてきました。
クリスマスはにぎわうのでしょうか……。
お城の天守閣が見える
島原ステーションホテルへ。
全国旅行支援の対象になるとのことで、
ワクチン接種証明書の写真を見せたら、
どんと割引されて3000円のクーポンまでいただきました。
しかも、自転車はロビーに置かせてくれました。
たまたま空いてたんだと思いますが、
広すぎる部屋にびっくり。
なんだか申し訳ない気持ちになりつつ、
適量のビールを飲んでとっとと寝たのでした。
三日目にして、まだ長崎県の右下あたりを
うろついてるリポートですが、
続きはまたあらためて。