こんにちは、田村です。
満を持しての大阪〜東京ラン、
その後半をお伝えいたします。

ルートラボ
http://yahoo.jp/db6Ckx
ほぼ中間地点の浜松を過ぎたのが23時。
そして静岡県のまんなかあたりにある掛川を
通過したのは日が変った0時20分ごろでした。
掛川通過の予定は1時ちょうど(プラス10分)でしたから、
ずいぶんと貯金が貯まったものです。
しかし、快調だったのも掛川まででした……。

小夜の中山トンネルです。
茶屋がある本当の小夜の中山は、
激坂の上にあるのですが、旧国道1号の東海道は
トンネルで抜けてくれます。そして、金谷までの間に
200mくらいの峠を越えます。
たかが200m、なのですが、すでに300km以上走ってきた身には
思いのほかシンドイものがありました。
下りに入り、眼下に金谷や島田の街の灯りが
見えてきた時は、ほんとうにホッとしましたね。
夜中に一人で走って何が楽しいんだ?
しかも幹線道ばかり……。それって楽しいの?
多くの人が、そう思うはずです。自分もよく
聞かれましたし。
ところが、やってみると意外と楽しいんです。
絶景もグルメも布団もないサイクリングですが、
ただひたすら走り、見知った街を次々と通過していくのは、
不思議な充実感があるのです。
普段は電車や新幹線で通過する街を、
自分の足で次々と駆け抜けていくのですから、
自転車の行動力は本当にすごいなあと思いますし、
GPSとフロントライトだけを頼りに走っていると、
集中力が切れない程度の緊張感が続きます。
特に行程も半ばを過ぎると、どんどん東京が
近づいてくるのが実感でき、淡々と走りつつも
妙にわくわくするのです。

とはいえ、疲れるのは事実です。
藤枝のコンビニで、とうとう腰を下ろしてしまいました。
時に1時30分。
浜松でコンビニに寄ったのが23時すぎでしたら、
「3時間はノンストップ」という自らに課した定めを
あっさり破ってしまいました(汗)。
金谷の峠で消耗したらしく、足が驚くほど回らなくなり、
どうしても座りたくなってしまったのです。
暖かいオリジナルコーヒーが美味しかったこと……。
藤枝は距離320km地点。
自分にとっては、300kmくらいが体力と気力を
一定以上に保てる限界なのかも知れません。
藤枝のコンビニでの停止時間は13分ほどになりました。
これが後にボディブローのように効いてくるのでした。
そして、静岡を過ぎる頃から、頼みの綱だった
追い風が頼りなくなってきました。
静岡通過は2時40分過ぎ。予定は3時10分(プラス10分)。
時速30km以下で走っていると、
じわじわと貯金が減ってくるのでした。
しかし、追い風なしで、自分の力だけで時速30km以上で
巡航するのはもはや厳しい状態です。
三島までのほぼ完全に平坦な区間ですら、
20km台で走る時間が増えていくのでした。
なお、この区間は由比のバイパス地獄が鬼門です。
前回は、バイパスの海側にある自転車道を通過したのですが、
今回は勇気を出して車道を選択。
土曜日の4時前であり、トラックがそれほど多くなかったのが
幸いでしたが、さすがに緊張しました。

富士川は歩道で渡ります。
この歩道へ至る脇道+階段などは、
「キャノンボール」の偉大な先人たちが開拓した
芸術的なルートではないでしょうか。
まだ4時過ぎでしたが、早くも東の空が
明るくなってきました。いつもなら激しく眠くなる時間ですが、
藤枝のコンビニで飲んだドリンクが効いたようで、
さほど眠気を感じず……と思っていたのも束の間、
三島から箱根の登りに入ると、さすがに眠くなりました。
東海道本線&新幹線を高架で越え、
箱根路を登りはじめたのは5時47分。
眠気と疲労でペースは容赦なく下がり、
インナーローでじわじわ進んでいきます。
夜明けと共にレインジャケットとインナーを脱いだのですが、
登りではさすがに汗が噴き出します。
こんなに早い時間なのに、上から下ってくる
サイクリストがいたのにはびっくりしました。
しかし三島からの登りは本当に退屈です。
振り返れば富士山や駿河湾が見えたりするのですが、
肩が凝って振り返るのもおっくう……。
斜度がゆるい三島側を下りに使えるのが、
東京発で大阪をめざすメリットかなと思いました。

それでも止まらなければいつかは峠がやってくるもので、
7時6分に着きました。
所要79分。遅いと言えば遅いですが、
予定でも80分、見込んでいましたので、
必要にして十分な結果ではあります。
自分の計画の正確さに喜びつつ、それ以上でもない
実力がちょっと寂しかったり……。
予定到着時間は7時10分(プラス10分)でしたから、
ここにきて、すっかり貯金は消えてしまいました。
静岡〜三島の間で紛失したんですね……。
我ながら、追い風がないとだらしない限りです。
箱根からは旧道を慎重に下り、
小田原に着いたのは8時ちょうど。
予定どおりと言えば予定どおりですが、
終盤に至って貯金がないのは精神的に
よくないですね。
小田原で寄ったコンビニでは、
もう食欲がわかず、おにぎりやパンを買う気になれなかったため、
ゼリーをふたつ買って、その場でふたつとも
体に流し込みます。
小田原で距離は436km。日本橋まであと85kmです。
24時間まで残り4時間。
平均時速20km少々で走れば間に合います。
平坦ですし、十分に達成可能です。
しかし、風は無情にも向かい風含み……。
ツイッターで「小田原です」とだけつぶやき、
もはやゴールまでノンストップで走り続けることを決意。
大磯で右折し、定番の国道134号に入ります。
平塚まではサイクリングロードのような
快走区間を走ります。そして、海沿いの国道134号に入ったとたん、
待望の追い風が吹きました! きた〜!
土曜日だけあってロード乗りも多く、
自然と気分が乗って、ここぞとばかりペダルを回します。
巡航速度はなんと時速35kmに及び、ぐんぐん平塚が近づきます。
実際のところ、国道134号を走る区間は
10kmほどのみだったのですが、
フルバーストだったその間は
平均時速すら27kmを超えました。
貴重なボーナスステージで時間を稼ぎ、
あとはマイペースでOK……というわけにはいきませんでした(泣)。
名残惜しくも国道134号に別れを告げ、
再び国道1号を中心に走り、北上していきます。
すると、とたんに逆風に戻ってしまい、しかも左ひざに
痛みを感じはじめました。
わずかな距離とはいえ、分不相応な速度で
突っ走った代償でしょうか。
そもそも、400km以上も、自分としては未体験の
ペースで走り続けてきたわけですから、
とうとう膝が悲鳴を上げたのです。
やはり、切り札(?)は最後までとっておかないと
だめなのですね……。
過去にも膝が痛くなることはありました。
決まって右の膝の裏でした。そのため、
常にサドルはわずかに低めを好むようになり、
無理してペースを上げるような走りは
極力さけてきました。
それは大阪〜東京ランでも同じだったのですが、
先の国道134号区間で思わず調子に乗って飛ばしたため、
とうとう痛みを発してきました。
しかも、これまでとはまったく逆の、
左ひざの前が痛いのです。
おりしも、再び都市部に入り、信号ストップが
たび重なります。ほとんど、止まっている時間のほうが
長いかと思えるほど、信号でつかまります。
すると、発進時に左足をビンディングにはめなおすだけで、
「うっ」と顔をしかめてしまうほど、
痛みを感じるようになりました。
当然、強く踏み込めませんので加速が鈍くなり、
もともと加速の鈍さでは定評がある自分は
ますますスピードを上げることができません。
向かい風にあらがい、痛みに眉をひそめながら
スピードを上げ、やっと時速20km代後半に乗ったと
思ったら、また赤信号が見える……。
こんなことの繰り返しが延々と続き、
刻一刻と時間が過ぎていきます。
もう24時間でゴールは無理だ、あきらめよう。
いや、まだ間に合う。少しでも追い風になれば、
きっと間に合う。
気は焦れども、いっこうにスピードは出ません。
あきらめと希望が葛藤を続けながら、戸塚を過ぎ、横浜を過ぎ、
とうとう川崎までやってきました。
距離はちょうど500km。時に11時3分。
予定では10時50分着。スタートが10分遅れでしたから、
ここに来てほぼオンタイム。
あと、たったの、たったの20kmほどです。
一時間弱で20kmの距離は十分に
可能です……都内でなければ!
11時10分、六郷橋で多摩川を渡り、
ついに東京に帰ってきました。
橋の上は吹き飛ばされそうなほどの向かい風。
さすがに腹が立ってます。
事前の風向き予報で、追い風にならないことも
予期していましたが、なにも強い向かい風になる必要は
ないだろう。ほとんど押し歩くようなスピードで
橋を渡っていると……

旧知のベテランサイクリスト、
441Mさん(Sさん)が待っててくれました。
「8時に小田原って書いてあったから、待ってたよ」
ナイスガイですね。貴重な休日の貴重な時間を割いて、
出迎えてくれた心意気に感謝です。
「あと少しだから、気をつけて」
再び向かい風に立ち向かう勇気をもらいました。
あとは走るだけです。
信号で何度止まろうとも、向かい風がいかに激しかろうと、
もう日本橋は目の前と言ってもよい距離です。
膝が痛い、腹が減ったなど言っていられぬ。
走れオレ! 風よ吹け、時よとまれ!
大森11時27分、
大井町11時41分、
品川11時50分、
田町11時……59分。
「銀座2km」の道路標識が見えてきた頃、
12時を回りました。
しかし、大阪をスタートしたのは、12時10分。
あと10分、ある。
もし、信号がぜんぶ青なら……。
無論、そんなことはなく、順当に赤信号が待っており、
頼みの綱の10分ボーナスも、新橋のガードを
過ぎたあたりで尽きました。
おまけに、土曜日お昼の銀座は歩行者天国真っ最中。
脇道を迂回し、日本橋に着いたのは
12時20分でした。
念願の24時間以内に10分およばず。
24時間に対して、0.007%オーバーです。
たった10分、されど10分。
あらためて、大阪〜東京、もしくは東京〜大阪を
24時間以内で走り切った先達たちの
偉大さを実感しました。
もう見慣れた感さえある日本橋の道路元票を
見上げていると、「田村さ〜ん」と声が。

ブルベのお知り合いである
IさんとHさんが迎えてくれました。
口々に「いや〜惜しかったですね」と。
うれしいかぎりです。最後の最後で、幸せな
気分にさせていただきました。
こうして距離521kmの旅は終わりました。
24時間で500kmは越えましたが、
あと一歩、日本橋に及びませんでした。
その「あと一歩」を埋めるのは、なんでしょう?
今は、それを考えるのが楽しみです。

六郷橋にて。
441Mさんが撮ってくれました。
日中もアーム&レッグカバーはしたほうが
よいと思います。日焼けは疲れますからね。

帰宅後に撮影したマキノ号。
今回もノートラブルで自分を支えてくれました。
ライトはキャットアイのEL540ひとつだけ。
ブルベでは二灯装備が必須ですが、
今回は少しでも軽くしたくて、EL540を信頼しました。
途中、一回の電池交換が必要ですが、
夜間走行を支えてくれました。
サドルバッグ(オルトリーブM)には、レインジャケットと
冬用インナー、長指グローブを収納。
けっきょく、夜も指切りグローブでしのげましたが、
インナーは夜間ずっと、レインジャケットも深夜から
着用しました。
ダブルボトルの一方はサイダー(口当たりよいし、甘い)、
もう一方は水です。ツールや予備電池は
ダウンチューブ下のツールボトルに。

テールライトは、新型の
キャットアイRAPID Xを初使用。
軽さと空気抵抗の少なさ(?)で選びました。
もう少し常時点灯時間が長ければ言うことないのですが。
伊賀越えの砂利道(二桁国道なのに……)で
激しく自転車が汚れました。

タイヤは新品に替えて走りました。
コンチネンタルのGP4000SIIです。
「II」になって何が変わったのかは、分りません。
25Cで、自分としてはやや高めの7気圧で走りました。
今回、自転車やウェアを含む装備は、ほぼ満点でした。
もっとも、「0.007%オーバー」という結果になってしまうと、
メカがデュラだったらな、とか妄想が止まりませんね(笑)。
こんなわけで、またしても不甲斐ない結果に
終わってしまった大阪〜東京ランですが、
最後まで自分自身ドキドキしながら走ることができました。
前回は早々に24時間完走をあきらめてしまい、
後半は惰性で走っただけでした。
今回は、まがりなりにも24時間で東京に達しましたし、
ファストラン(自分比)のシビアさや
時間管理の大切さを実感することができました。
まあ、「三度目の正直」って言いますからね。
いずれ真の24時間完走をめざしたいと思いつつ、
筆をおくことにさせていただきます。
【追記】
走行中、自分でも「あっ」と思ったり、
まるで気づかなかったところもあるのですが、
赤裸裸な自分のルートラボを詳細に見ていただくと
分るとおり、
明らかに軽車両通行禁止の区間を
走ってしまっている区間があります。
名古屋と豊明の高架、そして由比の入り口です。
もしかしたら、他にもあるかもしれません……。
本当に反省しております。
三度目があった時は、そうした間違いを犯さないよう、
いっそう慎重に走りたいと思います。