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シクロツーリスト&ランドヌールときどき模型の製作日記

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長崎サイクリング 長崎半島と鉄道の旅

こんにちは、田村です。

長崎サイクリングもあっという間に
五日目に突入。
橘湾を挟んで島原半島と対をなすような
長崎半島をめぐりました。
長崎サイクリング 長崎半島と鉄道の旅_d0211129_06135878.png
愛野から茂木、野母崎を経て
造船の町である香焼まで。距離は約90km。
しかし、ずいぶんと疲弊した1日でした。
長崎サイクリング 長崎半島と鉄道の旅_d0211129_06153785.jpg
愛野から東、長崎市街へ向かう国道251号は、
ところどころが直線的に改良されており、
自転車的には意味がないと思える坂が連続。
朝の通勤時間ということもあって交通量が多く、
たまらず海寄りの県道へ退避。
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途端にアップダウンが増えるものの、
静かで見晴らしいがよい道が続きます。
長崎サイクリング 長崎半島と鉄道の旅_d0211129_06194352.jpg
川下という集落にさしかかると
「従軍之碑」がありました。
九州や四国では、こうした碑が目立つところに
建っているのをよく見かけます。
なんとはなしに銘板を見たら、
日露戦争での死者1名に対して、
「大東亜戦争」においては死者100名以上……。
刻まれた名前は、半分くらい名字が「川下」さん。
小さな入り江を囲む小さな集落だけで
こんな大勢の人が戦死されたのかと思うと、
畏くも暗澹たる気持ちにさせられます。
この日は雲があつく、どんより曇ってます。
長崎サイクリング 長崎半島と鉄道の旅_d0211129_06575672.jpg
二日目に通った日見峠下の国道をかすめ、
長崎半島の東岸を南下。
外周部が平坦だった島原半島とは一変して、
小刻みなアップダウンが連続。
こういうのが、けっこうきつい。
長崎サイクリング 長崎半島と鉄道の旅_d0211129_08100686.png
あとでログを見るとこんな感じの標高プロフィール。
最高でも標高は250mなので、たいしたことはないのですが、
峠のようなメリハリがないので、「また上りか」と萎えました。
要は気の持ちようなんですけどね……。
長崎サイクリング 長崎半島と鉄道の旅_d0211129_07351847.jpg
急斜面のだんだん畑。まるで城郭。
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天草への航路がある茂木港。
長崎港が表玄関だとしたら、
茂木港は勝手口といった感じでしょうか。
長崎サイクリング 長崎半島と鉄道の旅_d0211129_07390626.jpg
上っては下り、下っては上り……。
沿岸部はすみずみまで農地化され、
琵琶などが多いようです。
集落の家々がとても立派。しかし人影はなく、
どこまでも静か。
長崎サイクリング 長崎半島と鉄道の旅_d0211129_07405090.jpg
先端の野母崎が近づくと、標高250mまで上昇。
そのピークの少し手前に、自転車道の入り口がありました。
こんな高い地点にあり、しかも半島の
尾根筋を縫う手強そうな自転車道を作るとは、
男前すぎておそれいります。
長崎県唯一の大規模自転車道らしいですが、
どうしてここに通そうと思ったのか……。

この日はどうも元気がでません。
五日目でいい加減疲労がたまっているのかも
しれませんが、お目当てとなるような
テーマ性が希薄だったのも理由だった気がします。
全線にわたって景観は悪くないものの、
これといった見所もありません。
天気がどんより曇りなのも、
心身が冴えない理由かもしれません……。
長崎サイクリング 長崎半島と鉄道の旅_d0211129_07463023.jpg
やっと野母崎が見えてきました。
もうこれで十分。先端には展望公園があるらしいですが、
そこまで足を延ばす気力がわかず、
国道に入ってUターンするように
長崎半島の西岸を北上していきます。
長崎サイクリング 長崎半島と鉄道の旅_d0211129_07474781.jpg
このあたりは恐竜の化石が出るそうです。
新し目の博物館がありましたが、
外観を拝んだだけで素通り。すでに14時をまわりつつも
まだ宿を決めてないこともあって
落ち着きません。
コンビニで休憩するたびに
スマホで宿を検索するも、空きが見当たりません。
あれだけホテルが多い長崎市街ですら、
ネットはもちろん、電話しても「満室です」という
答えばかり。うーむ。
長崎サイクリング 長崎半島と鉄道の旅_d0211129_07513789.jpg
軍艦島(端島)が見えてきました。
このへんにあると地図で知ってましたが、
実際に見えると興味深いものです。
炭鉱が華やかし頃は、この小さな島に
5000人以上が暮らしていたとか。
戦艦「土佐」に似ていることから
軍艦島と呼ばれたそうです。右側(北側)が
わりと平らに見えるので、戦艦というよりは
航空機の格納庫を備えた航空巡洋艦「最上」や
近年の護衛艦のようにも見えます。
広さは東京ドームの1.4倍だそうです。
長崎サイクリング 長崎半島と鉄道の旅_d0211129_07585674.jpg
夫婦岩から望む軍艦島。

さて、いい加減に宿を決めなければ
路頭に迷ってしまいます。
長崎市街はあきらめて、その手前あたりで探すと、
香焼という造船の街に何件か民宿がみつかりました。
そのうち一件に、ようやく空きがありました。
長崎サイクリング 長崎半島と鉄道の旅_d0211129_08003380.jpg
三菱重工の大きな工場を抜けていくと
いかにもガテン系の民宿が現れました。
長崎サイクリング 長崎半島と鉄道の旅_d0211129_08011882.jpg
部屋からの眺め。
長崎サイクリング 長崎半島と鉄道の旅_d0211129_08012247.jpg
館内の共用スペース。エアロバイクが鎮座。
見かけた宿泊者の多くが
ツナギを着た外国人。工員なのでしょう。

部屋にも浴室にもタオルがなかったので、
宿の方に尋ねたら、民宿だからタオルないんですよ、
といわれて軽く戸惑いましたが、
手持ちの手ぬぐいで入浴を済ませ、
とっとと寝ました。

翌朝は6時30分から食堂で朝食。
長崎サイクリング 長崎半島と鉄道の旅_d0211129_08061144.jpg
うーむ。
席に着いたら焼き魚くらい出るのかと思いましたが、
正真正銘これだけ。海苔も納豆もありません。
朝食付き5500円でしたが、これなら仮に同じ値段でも
朝食なしにしてコンビニで好きなものを
食べればよかったと思われました。
いちおう平らげて、とっとと出発。
長崎サイクリング 長崎半島と鉄道の旅_d0211129_08135896.jpg
香焼から伸びる伊王島大橋。
今回、キリがないので離島には足を延ばすまいと
思っていましたが、橋の姿が美しいので
半ばまで進んでから引き返しました。
長崎サイクリング 長崎半島と鉄道の旅_d0211129_08160667.jpg
三菱の造船所を眺めつつ北上。
ほどなくして、初日にも渡った女神大橋が見えてきます。
今日は、初日とは逆に東側から女神大橋を渡り、
長崎市街には入らず西彼杵半島を経て
佐世保をめざす予定。
昨日、宿探しに苦労したので、
すでに佐世保駅前のホテルを取っておきました。
西彼杵半島の西岸を走るので、
佐世保までの距離は100km。まあ大丈夫でしょう、と
淡々とペダルを回していくと……
長崎サイクリング 長崎半島と鉄道の旅_d0211129_08190492.jpg
女神大橋の下ですっころんでしまいました。
国道の交通量が多く、ちょうど広めの歩道があったので、
そちらへ移ろうとしたら、わずかな段差に前輪を取られて横転。
ちゃんと段差の存在は意識してたのですが、
急に前輪がグリップを失った感じ。
なんにせよ、倒れたのが歩道側で幸い。
車道側に倒れていたら、こうしてブログなど
書けなかったでしょう。
長崎サイクリング 長崎半島と鉄道の旅_d0211129_08223886.jpg
歩道で呼吸を整え、自転車の確認。
左側に倒れたので変速機などにダメージはなく、
めだった傷もありません。
ほっと安心すると、体が痛い。
特に左手。転倒時に手のひらをついたと思われ、
だんだん腫れてきます。
長崎サイクリング 長崎半島と鉄道の旅_d0211129_08243665.jpg
なんとか女神大橋を渡ったものの、
次第にハンドルを握るのすら苦痛になるほど
左手が痛んできました。
特に変速操作などすると泣きそうなほど痛く、
なかば押し歩くことに。
これでは佐世保まで走るなど到底無理。
幸い、女神大橋から長崎の中心市街は近く、
長崎駅も徒歩圏内。
今日は輪行しよう……そう決めて進んでいくと
大きな斎場のとなりに整形外科がありました。
長崎サイクリング 長崎半島と鉄道の旅_d0211129_08273764.jpg
整形外科に飛び込んで「自転車で転びまして……」と
伝えたら、ほどなくして診てもらえました。
触診で「いた」と声をあげたら、
レントゲン撮影。角度を変えて5枚くらい。
長崎サイクリング 長崎半島と鉄道の旅_d0211129_08292222.jpg
「8割がた捻挫だと思いますが、
舟状骨が折れてるかもしれません。そこが折れてても
初診でわかるのは3割以下なんですよ」
と、妙に数値的な解説をしてくれた医師。
手の骨は複雑らしいです。
痛みを抑えるため、手のひら側を
ギプス状に固めてくれました。

「自転車で来てる? どうするの?」
「鉄道に乗ろうかと」
「ああ、分解できるのね。そういえば新幹線もあるね」
「はい、それに乗ってきました。速いですね」
「痛みが続いたら家の近くで見てもらってください」
「はい、ありがとうございました……」

長崎に来てから、人とまとまった会話を
したのはこれが初めてでした。
いずれにしろ、サイクリングは強制終了。
長崎サイクリング 長崎半島と鉄道の旅_d0211129_08352161.jpg
長崎駅まで押し歩き、輪行支度。
いつもの3倍は時間がかかりました。
そして、佐世保行きの快速列車に乗りました。
もういっそのこと東京に帰ろうかとも思いましたが、
医師の手当のおかげで痛みがうすらいだことと、
せっかく取った佐世保の宿がもったいないので、
あと1日だけ旅を続けることにしました。
長崎サイクリング 長崎半島と鉄道の旅_d0211129_08412404.jpg
佐世保へ向かうJR大村線は海沿いを走り、
車窓がすばらしいです。
長崎サイクリング 長崎半島と鉄道の旅_d0211129_08415951.jpg
長崎サイクリング 長崎半島と鉄道の旅_d0211129_11030322.jpg
2時間ほどで佐世保駅に到着。
JRの駅としては日本最西端。
到着が14時を過ぎており、さすがにお腹が減ってきました。
駅前のビジネスホテルに輪行袋をあずけ、
まずは腹ごしらえ。
長崎サイクリング 長崎半島と鉄道の旅_d0211129_08432811.jpg
佐世保バーガー。
こうなったらサイクリングとは別の
楽しみを見出すしかありません。
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海上自衛隊の佐世保史料館。
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7階から基地方面を遠望。
建物にさえぎられて部分的にしか見えませんが、
米軍の強襲揚陸艦「アメリカ」がいました。
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展示は模型や解説パネルが中心で、
現物は制服や備品など小物が多いです。
潜水艦まるごと一隻展示している
呉のような派手さはありませんが、幕末から日清日露、そして
太平洋戦争、今日に至る海自の役割まで、通史的に
学ぶことができる施設です。入館は無料。
長崎サイクリング 長崎半島と鉄道の旅_d0211129_08504233.jpg
米軍基地の入り口。
いい加減に返せといいたくなりますが、
いまの国際・国内状況では無理なんでしょうね。
道行く外国人はたいていガタイがよく、
誰一人マスクをつけてません。
長崎サイクリング 長崎半島と鉄道の旅_d0211129_08520783.jpg
日本一長いアーケードと呼ばれる佐世保の商店街。
一般的には大阪の天神橋筋が最長といわれますが、
基準によっては佐世保がいちばんらしいです。
長崎サイクリング 長崎半島と鉄道の旅_d0211129_08531082.jpg
「時雨」がいました。
呉の「雪風」と並び称される
幸運の駆逐艦(の「艦これ」)。
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佐世保で取れたホテルは
慣れ親しんだ東横イン。どこでもまるで設備が同じで、
既視感しかありません。
作ったタイミングで設備が変わりそうなものですが、
統一しているのがすごいなと思います。
ちなみに、残室1の状態で予約できたので、館内は満員の様子。
洗濯機なども埋まっていて、
空くタイミングを狙って何度も部屋と往復……。

コロナがいいとは思いませんが、どこへ行っても
乗り物や宿や観光スポットがガラガラな状況は、
自分のような気ままな旅には最適でした。
それに慣れてしまったので、反動需要と
旅行支援が相まった昨今の状況は気が休まりません。
明日はおうちへ帰りましょう……。
長崎サイクリング 長崎半島と鉄道の旅_d0211129_11135343.jpg
迎えた六日目。
ホテルの朝食は6時30分から長蛇の列。
そんなのは無視して、松浦鉄道に乗り込みます。
これも乗ってみたかったローカル線です。
佐世保から平戸、松浦、伊万里、有田と、
北松浦半島をぐるっとめぐる路線。
もとは国鉄だけになかなか長大。
長崎サイクリング 長崎半島と鉄道の旅_d0211129_11152509.jpg
二つ目の佐世保中央駅と、その次の中佐世保駅の距離は
たった200m。日本一短い駅間距離だそうです。
長崎サイクリング 長崎半島と鉄道の旅_d0211129_11180732.jpg
学生さんが多く、席が埋まって立っている人も。
しかし、江迎鹿町駅と末橘駅で全員が降り、
その後は自分一人の貸切。
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乗った列車の終着は、たびら平戸口駅。
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日本最西端の駅を初訪問。
これで最北、最東、最南を含め、
日本における四隅の駅を訪れたことになりました。
写真の看板にも注釈がありますが、
沖縄本島の「ゆいレール」はモノレールなので、
一般的な鉄道とは別扱い。
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国鉄時代そのままと思わせる
年季の入った駅舎。
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駅猫。
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駅舎内にある「鉄道博物館」と「鉄道むすめ」。
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松浦鉄道のあゆみを紹介。
10分ほどで見学終了し、あとは小一時間列車待ち。
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伊万里行きに乗車。
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近代的な伊万里駅。佐賀県です。
ここは以前のサイクリングで訪れたことがあります。
次の有田行きは30分後。
同じ松浦鉄道に乗り継ぐのに、妙に時間がありますが、
自転車に乗れずヒマなので、どんとこいです。
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観光センターを兼ねた駅舎には食堂もあり、
あたたかい肉うどんをいただきました。
長崎サイクリング 長崎半島と鉄道の旅_d0211129_11330572.jpg
伊万里駅は行き止まりの頭端式ホーム。
すべての列車が止まります。3編成が揃うとなかなか壮観。
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長崎サイクリング 長崎半島と鉄道の旅_d0211129_11321978.jpg
「ゾンビランドサガ」のおつまみセットを買って
有田行きに乗車。
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有田駅でJR九州の博多行き特急に乗り換え。
長崎サイクリング 長崎半島と鉄道の旅_d0211129_11343790.jpg
博多駅で新幹線に乗り換え。
うっかりすると熊本へ行きたくなりますが、
ちゃんと東海道・山陽新幹線に乗りましたよ。

こうして、行きも帰りも新幹線で完結。
ケガをしてしまい、長崎一周という壮大な夢は
夢のままに終わりましたが、またいつか……。

後記
幸い、左手の骨に異常はないようで、
すくすく快復しております。



# by cyclotourist | 2022-11-22 11:54 | 製作中 | Comments(0)

長崎サイクリング 廃線めぐり

こんにちは、田村です。

サイクリングにおいて、
もっとも重要なのはプランニング、
つまり行程計画だと思っています。
そして、プランニングを決めるのは
「テーマ」だと思います。
「趣味性」と言ってもいいかもしれません。

長崎を走りたい、というだけでは漠然としすぎていて
プランニングしようもありません。
単に景色がいいとか、美味しいものがあるとか、
そういうのはオマケだと思ってます。

今回、幸いにも日によって
多様なテーマを盛り込むことができたと思います。

初日は新幹線の体験と港町めぐり、
二日目は旧街道と鉄道旅情、
三日目は峠といった具合に
好みのテーマで走ってきました。
長崎サイクリング 廃線めぐり_d0211129_17545441.jpg
そして四日目のテーマは「廃線」です。
加えて、以前から訪れてみたかった
古城にも寄ることにしました。
かなりマニアックな趣味ですが、
サイクリングと相性がいいのは経験的に
間違いありません(個人の印象です)。

島原半島にはふたつの廃線があります。

島原鉄道の南目線(島原港駅〜加津佐駅)と
小浜鉄道(肥前小浜駅〜愛野駅)です。

前者の廃線は平成20年(2008年)であり、割と最近です。
後者ははるか昔、昭和13年に廃線となったそうです。
長崎サイクリング 廃線めぐり_d0211129_19373591.png
四日目はこんな感じで島原半島をぐるりと周遊。
なかばアドリブで、距離はちょうど100kmになりました。
なかなかに広い半島です。
海沿いを進む限り目立った坂はなく、
距離を稼ぎやすいのがうれしい。
長崎サイクリング 廃線めぐり_d0211129_18114045.jpg
宿を出て南へ向かうと、
ほどなくして眉山を背景にした島原港があらわれます。
フェリーなどは新しくできた島原外港に就航しており、
こちらは漁港です。
「島原大変」で眉山から押し寄せた土砂によって
広がった陸地に設けられたそうです。
長崎サイクリング 廃線めぐり_d0211129_18051477.jpg
島原港がある地域の町名は「新地」。
土砂によって生まれた陸地に作られた
新しい町、ということですね。
長崎サイクリング 廃線めぐり_d0211129_18065628.jpg
新地という地名は全国的にありますが、
歓楽街と同じ意味であることが多いです。
島原港の新地にも、なんとなくそれっぽい
建物が散見されました。
古くからの港町に多いアレですよ。
長崎サイクリング 廃線めぐり_d0211129_18083683.jpg
島原港の最寄駅となるのは、島原船津駅。
車両基地があり、終点のひとつ手前です。
終点の島原港駅は南の外港に近く、
先にリポートしたように、パチンコ屋が隣接した
殺風景な駅です。
もともとは終点でないのですから、
いたしかたないでしょう。
長崎サイクリング 廃線めぐり_d0211129_18131694.jpg
国道251号を南下していくと見落としがちですが、
ちょっと逸れて横道に入ると、
点々と島原鉄道の廃線遺構が現れます。
近代的な鉄橋や高架が多く、あまり古びてません。

島原鉄道は平成の雲仙普賢岳噴火で大きな被害を受けて、
国や自治体から支援を受けつつ1997年に復旧したものの、
前述したように2008年に南目線を廃止。

つまり、25年前に作り直された区間が多く、
それが古びる間もなく、わずか14年ほど前に
廃線になったのです。
だから遺構が妙に生々しく、レールこそないものの、
かなり原形をとどめています。
全国的にも珍しい廃線と言えるのではないでしょうか。
長崎サイクリング 廃線めぐり_d0211129_18312171.jpg
路線の復旧とともに改修された河川の土手は、
土砂の勢いを弱めるようジグザグになってます。
そして立派な鉄橋が架かっています。

そして今、この廃線区間が
自転車歩行者道として生まれ変わろうとしているのです。
長崎サイクリング 廃線めぐり_d0211129_18323501.jpg
事前に報道を読んでいたので知っていましたが、
現地で目の当たりにすると感動を覚えます。
乗ったことはない南目線ですが、
それがサイクリストのための立派な道として
蘇るわけです。
長崎サイクリング 廃線めぐり_d0211129_18340022.jpg
多くの区間で、来年の2月には完成するようです。
その前に訪れることができたのは
廃線好きとしては貴重だったかもしれません。
長崎サイクリング 廃線めぐり_d0211129_18342361.jpg
すでにほぼ完成している区間も現れましたが、
まだ立ち入り禁止でした。
長崎サイクリング 廃線めぐり_d0211129_18350174.jpg
ほとんどの駅が残っています。
現役区間と同じような量産型の駅舎が
次々と現れます。
サイクリングの休憩スポットとして
活用されるのでしょうか。現状は
単に放置されている様子。
それはそれで自然体であり、廃線旅情があって
味わい深いとも思います。
長崎サイクリング 廃線めぐり_d0211129_18363937.jpg
基本的に単線ですが、
列車が行き違いできる駅(だった遺構)も多いです。
長崎サイクリング 廃線めぐり_d0211129_18373202.jpg
国道より高いところに線路が通じていた区間もあり、
車道を行くよりもビュースポットが増えそうです。
ただ、現状の車道(おもに国道251号)も
島原市街を抜けると交通量は激減し、
とても走りやすいです。
長崎サイクリング 廃線めぐり_d0211129_18401182.jpg
駅舎が渋い……。やはりこのまま残してほしい。
「サイクリストの聖地」なんて
看板を掲げないでほしい……とも思いますが、
サイクリストの聖地を名乗る資格はありそうな
ルートになるのも間違いなさそう。
長崎サイクリング 廃線めぐり_d0211129_18414297.jpg
沿線で大きめの街が有家。
駅も立派です。駅舎はいまもバスの待合所として
利用されていました。
長崎サイクリング 廃線めぐり_d0211129_18431511.jpg
線路の跡は、車道より海側へ行ったかと思えば、
山側へ移ってきたりして、変化があります。
地形はいたって平坦。
長崎サイクリング 廃線めぐり_d0211129_18450196.jpg
有家を過ぎると、ほどなくして日野江城が見えてきました。
戦国時代、このあたりを領地にしていた
有馬氏の居城です。
標高70mほどの小山を生かした平山城。
有馬氏は佐賀に攻め込んだこともあったそうで、
島原の「国力」はあなどれません。
長崎サイクリング 廃線めぐり_d0211129_18462684.jpg
立派な石垣が残ってます。
発掘調査によると直線的な石積みの階段もあったそうで
(調査後に埋め戻されてる)
そこにはたくさんの仏塔が使われていたそうです。
その時の領主が有馬晴信。
二日目に訪れた沖田畷で戦ったのも有馬晴信でした。
紆余曲折を経てキリシタン大名になった晴信は、
領地の寺社をぶっこわしたと伝わってます。
そして仏塔を日野江城の石材として使ったという……。

ちなみに、さらに紆余曲折を経た有馬晴信は、
流罪になって天寿をまっとうしてません。
(くわしくはググって)
戦国時代に限らず、宗教がからむと極端な
行動に走るヒトが多くてこわいですね……。
こんなに立派なお城があって、周りに平地もあるのに
あらためて島原城を築いた
松倉重政の意図も気になるところです。
長崎サイクリング 廃線めぐり_d0211129_18552366.jpg
日野江城の最寄りだった北有馬駅。
駅舎やホームはそのままに
自転車歩行者道の整備が進んでる様子に
廃線好きとしてほっとします。
長崎サイクリング 廃線めぐり_d0211129_18572443.jpg
すでに崩壊寸前の原城駅。
これは取り壊すしかないんだろうな……。
「島原の乱」の舞台となった原城の最寄り駅でした。
長崎サイクリング 廃線めぐり_d0211129_18581018.jpg
世界遺産になった原城。
廃城になったお城の多くは自然の野山に戻ったり、
畑や住宅地になって原形をとどめないことが多いですが、
世界遺産になっただけに復元整備の状況が極上。

日野江城の支城として築かれた原城ですが、
ひとめ見ただけでも本城を上回る規模に思えます。
海に面した小さな半島(島原自体が半島ですが)を
まるごと城塞にした感があります。
これだけ壮大だからこそ、3万を超える一揆勢を
収容できたのでしょう。
それを10万もの幕府軍が包囲したというのですから
なんとも規模の大きな戦いです。
(くわしくはググって)

ただし、どうしても気分が暗くなる城跡ではあります。
一揆勢は皆殺し、という結末を知っているので、
「歴史」と割り切ることができない
悲壮さが漂います。
これが名だたる戦国武将同士が戦った
沖田畷とかだったりすると、「信長の野望」を
プレイする延長で気楽に訪れるわけですが、
何百年たっても島原の乱は重いんですよ。
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そんな重さを木っ端微塵にしてくれる
「聖地巡礼ガイド」なるものがありました。
看板のQRコードを読み込むと
人気(一部で)アニメのキャラが、
軽妙に島原を紹介する動画が再生できます。
なんとも平和な時代です……。
なお、邪神ちゃんがQRコードをさらすなと言ってたので、
写真を切ってますw
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原城あたりの廃線区間は
自転車歩行者道がほとんど仕上がってます。
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廃線もいいのですが、もっと海寄りの
細道もあったりするので、アドリブで走ると楽しいです。
南へ行くほど海の透明度が上がってきます。
写真中央に伸びている岬が原城です。
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島原半島の南端にある港町、口之津。
かつて南蛮船が寄港したそうです。
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半島の南端に至るも街が続き、
全体的にレトロながら都会感すらあります。
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終点の加津佐駅後は、海水浴場に面してました。
なにか催しがあるのか、テントがたくさん。
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終点にFamily Mart。
サイクリストにとって便利な
ルートに仕上がりそうです。

そして、お楽しみは続くのです。
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「ツーリングマップル」もおすすめの
棚畑展望台。山が丸ごと、だんだん畑になってます。
平坦な海沿いルートを捨てて、県道で標高200mまで
上る必要はありますが、一見の価値がある光景です。
というか、こんな畑を見たことがありません。
多くがジャガイモ畑だそうです。
平地に比べれば苦労が多いことと思いますが、
畑の総面積はかなり広いのではないでしょうか。
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自販機まで絵になる……気がします。
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再び国道に降りて半島の西側を北上していくと、
すぐに小浜温泉が現れました。
すでに日が傾きだしたので、
たまには温泉地に泊まるのもいいかな〜と思いましたが、
10件電話して全部満室……旅行支援オソルベシ。
観光案内所で「あそこが一番大きくて部屋多い」と
聞いたホテルに電話してもダメ。

観光案内所の前にあったベンチに腰を下ろし、
スマホと格闘することしばし。
愛野駅の近くにある旅館に電話したところ、
予約できました。

次なる廃線跡は
小浜温泉の2kmほど北から愛野まで伸びてます。
いい加減に日も傾いてきたので、
お楽しみは明日にしようと思ったのですが、
小浜温泉で宿が取れなかったのですから、
走ってしまうしかないね。
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終点だった肥後小浜駅の跡であることを示す石碑。
路線図も描かれています。
はるか昔の廃線なのに大切に思っている人が
いることを物語ります。
愛野まで距離約20km、出発進行!
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島原鉄道のように生々しい遺構はありませんが、
いかにも鉄道っぽい道筋が伸びてます。
鉄道は基本的に勾配が苦手なので、
土手を盛ったり山肌を削ったりして
なるべく平坦な路盤を作ります。
その恩恵に浸りながら快走。
山側の国道を見ると、ぐいぐい上っていて
しんどそう。廃線ばんざい!
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この細さ、間違いなく鉄道のトンネルです。
海沿いに敷かれた小浜鉄道は難工事の末に
3つのトンネルをうがち、いくつも切り通しを
設けてレールを敷いたとか。
そして昭和のはじめごろに開業したものの、
早くも昭和13年(1938)には廃業。
時代と背景は異なりますが、
島原鉄道南目線が復旧後に
わずか15年で廃止されたことに通じるものがあります。
せっかく作ったのに……と思いますが、
いまもこうして走れるのでサイクリスト的には
御の字です。なお、小浜鉄道の跡は
一般道であり、民家の軒下をかすめるような
細道も多いです。
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いい細道。車道として作られたら急坂になったでしょうが、
ほぼ真っ平ら。
緑のトンネルとよばれ、
地元で愛されているようです。
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いったん作られた鉄道は
完全に消えることはありません。
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しかし、千々石の海沿いで通行止め。
暮れなずむ細道に別れを告げ、
国道で愛野の旅館をめざしました。
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二日ぶりの愛野駅。
きゅっとくびれた島原半島の
付け根に戻ってきました。
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ほぼ駅前の旅館、春日屋さん。
いい感じです。日が落ちきる前に
たどりつけてなにより。
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お部屋は、予想外に洋風。
なんにしても出来過ぎの寝床を確保することができ、
適量のビールをいただいてから
とっとと寝たのでした。

ここまで平穏無事と言っていい
癒しのサイクリングを満喫してきたのですが、
翌5日目は、本気を出してきた
長崎の地形に翻弄されるのでした……。

続きはそのうち。


# by cyclotourist | 2022-11-21 20:49 | 製作中 | Comments(0)

長崎サイクリング 仁田峠・島原鉄道編

こんにちは、田村です。
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長崎サイクリングの三日目は、長崎のみならず九州を
代表する峠と言っても過言ではない
仁田峠をめざしました。
ひさしぶりに1000m級の峠を越えます。
三省堂の「日本山名事典」によると標高1060m、
「ツーリングマップル」によると標高1020mです。
サイクリストにとっては阿蘇の峠ほど有名ではないようですが、
オートバイの峠に関する本や
長崎観光の本では必ず仁田峠が紹介されています。
雲仙の観光では外せない人気スポットです。
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島原をスタート&ゴールにした
ほぼ周回ルート。距離は約56km。
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7時前に宿を出発。
本来ならもっと早く走り出したいのですが、
7時くらいにならないと明るくなりません。
また、なんとなく島原が気に入ったので
連泊しようと思ったのですが、
すでに満室でした。同じ宿に連泊できれば、
着替えや輪行袋などを置いて走り出せるのですが、
やむをえません。
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国道57号を南下していくと
雲仙の前峰である眉山が眼前に迫ります。
「島原大変肥後迷惑」では、この眉山が
崩れて土砂が有明海まで流れたそうです。
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南から西へ回り込むように進んでいくと
眉山の向こうから平成新山が姿を現します。
その名のとおり、平成3年からの噴火活動で
出現した溶岩ドームです。
200年前の眉山と異なり、まだ歴史になりきってない
生々しさを感じさせる山容です。
雲にまぎれてますが、山頂からは
今もうっすらと噴煙が上がっています。
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国道を片道1.5kmほど外れて、
裾野の傾斜地に建つ旧大野木場小学校へ。
火砕流の熱風で焼失した被災校舎です。
土石流自体は北に位置する川へ流れたそうですが、
熱風は直進して校舎を直撃したそうです。
おそろしいとしか言いようがありませんが、
当時、すでにこの学校がある地域は
警戒区域に指定されており無人だったそうです。
「誰も被害に遭うことはありませんでした」と
現地の解説板にあり、安堵。
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裾野に広がる段々畑。
伊豆や三浦半島より広々としており、
収穫も多そうです。
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市街地を抜けてもコンビニが存在していて、
補給に困るような田舎ではありません。
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少しずつ標高を上げていくと、
島原湾を望む展望スポットも現れました。
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雲仙市に入るあたりが標高500m。
思ったほど冷え込まず、ひと安心。
紅葉があたりを彩るようになりました。
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市街から20kmほど進み、標高を700mまで
上げたところで仁田峠循環自動車道へ。
この道は反時計回りの一方通行。
環境保全金として100円を払って進みます。
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勾配はおおむね10%以下で、
距離はあるもののキツくはありません。
11時前に半島南部を見渡すことができる
展望台に到着。胸が清々するような
広い視界と爽やかな風がご褒美。
ややクルマが多いものの、一方通行なので
対向車の飛び出しを恐れる必要なく
リラックスして上ることができました。
ここから峠はすぐそこで、
勾配もいっそう穏やかになります。
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仁田峠に到着。
妙見岳に登るロープウェイの駅があります。
人がそこそこ訪れていたこともあり、
ロープウェイは見送りました。
自転車で行けるところだけで十分です。
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お土産品の売店があります。
食事がしたい頃合いでしたが、そういう店は
なかったので、レインジャケットを着て
長指グローブをはめ、とっとと下ります。
峠の気温は10℃ほどでした。
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あっという間に国道389号へ合流。
こちらは上りに使った国道57号より
線形が直線的で路面状況もよく、うっかりすると
相当なスピードが出てしまいます。
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北側の斜面も一面の段々畑。
島原半島で水田はあまり見かけません。
単に刈り取ったあとで目立たないのかもしれませんが。
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下界に降りたら、せっかくなので
大三東駅を再訪。昨日より空が青い。
この駅はいろんなCMに登場してるようですから、
婦女子にもずいぶん人気があるようです。
ただし、ほとんどの人がクルマかオートバイで
訪れています。
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国道沿いにうどん屋さんがあったので
吸い込まれました。
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うどんのちゃんぽん。
個人的には中華麺よりイケると感じました。
一緒に出された塩を降るといっそう美味しく、
峠から下ってきた身に沁みわたります。

さて、旅立つ前の机上プランだと
この日は半島の南部へ足を延ばすつもりでしたが、
島原をもっとゆっくり味わいたいので
やっぱりもう一泊することにしました。
幸い、島原駅に近いホテルを確保できました。
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武家屋敷を再訪。
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街角の資料館にも入ってみました。
受付で老婦に入場料300円をお渡しすると、
やおら腰を上げて展示室にお出ましになり、
丁重な解説がはじまりました。
展示品のすべてをまるで私物のように知り尽くしており、
島原の乱から島原大変、そして先の戦争に
出征した兵隊さん関係の史料などについて
とうとうと語ってくれました。
もしかしたら、ご自身の旧家を資料室にしたのかもと
思いましたが、解説が熱心かつ雄弁で止まることなく、
口を挟むタイミングを逃してしまいました。
「当時の人が今の日本を見たらどう思うでしょうか」
などと重い質問をされたりして、
ただ単に遊びで島原を訪れている自分は
「あ、うーんどうなんですかね。情けないですかね?」と
ばかっぽい答えしか返せませんでした。
いつまでも解説が終わる気配がないので、
「ぼちぼち列車が……」とお伝えして
おいとましました。別にうそじゃありません。
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資料館には、わずかながら島原鉄道に関する
展示もありました。開業当時に走らせた機関車は
新橋・横浜を走った一号機関車を
国鉄から譲り受けたそうです。この機関車は、
今では大宮の鉄道博物館に展示されています。
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さて、実のところ時間はたっぷりあるので
(そのために島原にもう一泊するのです)
島原駅の駐輪場に自転車を止め、
列車に乗ることにしました。
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地元高校の美術部による
大きなイラスト。
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なんていうことはないディーゼルカーですが、
初めて乗るローカル線にわくわく。
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線形はいいのにガッタンガッタン揺れます。
ほどなくして大三東駅に到着。
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三度目の訪問。
奇しくも昨日の訪問と同じ時間になり、
臨時列車と行き交いました。
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猫が描かれたベンチと神代みさきさんが共演。
すてきな駅じゃないですか。
海が近い駅としては、JR予讃線の下灘駅が有名ですが、
大三東駅のほうが近いです。
ちなみに、自分が知る限り「日本で一番海が近い駅」は
JR鶴見線の海芝浦駅だと思います。
ホームが堤防そのものだった気がします。
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30分ほどしたら、島原行きがやってきたので乗車。
本当に少しだけですが運賃を払って乗車でき、
「タダ見」じゃなくなりました。
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島原駅で自転車を回収。
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閉じたシャッターが多い商店街をなんとなく散歩。
ほとんど人通りがなく寂しいなあと思っていたら、
ユーミンの「恋人がサンタクロース」が
スピーカーから流れてきました。
クリスマスはにぎわうのでしょうか……。
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お城の天守閣が見える
島原ステーションホテルへ。
全国旅行支援の対象になるとのことで、
ワクチン接種証明書の写真を見せたら、
どんと割引されて3000円のクーポンまでいただきました。
しかも、自転車はロビーに置かせてくれました。
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たまたま空いてたんだと思いますが、
広すぎる部屋にびっくり。
なんだか申し訳ない気持ちになりつつ、
適量のビールを飲んでとっとと寝たのでした。

三日目にして、まだ長崎県の右下あたりを
うろついてるリポートですが、
続きはまたあらためて。



# by cyclotourist | 2022-11-21 16:10 | おしらせ | Comments(0)

長崎サイクリング 長崎街道・島原編

こんにちは、田村です。
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二日目は長崎街道および島原街道で島原へ、
三日目は島原スタート&ゴールで仁田峠へ、
三日目は島原鉄道の廃線区間へ。
長崎県の南東を占める島原半島を
思う存分に走りました。
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二日目のルート。距離90kmほど。
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長崎におけるメインルートのひとつ、国道34号の
新大工町交差点から裏道に入ると、
「長崎街道ここに始まる」と刻まれた道標が現れます。
シーボルト通りと名づけられた商店街から
つながっている歴史街道です。

長崎街道は、長崎と小倉を57里(約228km)で結んだ
九州唯一の脇往還とのこと。
南蛮渡来の砂糖を江戸まで運んだり、
象やラクダが行きかったこともあるとか。
幕末には、吉田松陰や勝海舟、そして坂本龍馬も
この街道を通って長崎を訪れた……と、
現地に詳細な説明がありました。
長崎サイクリング 長崎街道・島原編_d0211129_05594127.jpg
国道はクルマの往来が非常に多いのですが、
長崎街道はいたって静か。
グラバー園や居留地から離れたので
歩く人もまばら。
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時おり現れる階段が長崎ならでは。
自転車をかついで上り下り。
ボトルを2本つけているので、フレーム内に
肩を入れることはできませんが、サドルの下に
肩を入れると都合よく担ぐことができます。
国道に出れば階段を避けることもできるのですが、
道案内に沿って旧道を進んでいきます。
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蛍茶屋という雅な名前がついた電停の裏へ進むと
小さな車庫がありました。
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沿道にはいわくのある供養塔や句碑が点々と存在。
そして階段。苦労して担ぎ上げると
後方にスロープが見えたりして、がっくり。
初見の道は苦労も多いです。
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ダムをかすめる細道を上って行くと、
トンネルの手前で国道に出ます。
ちょうど日見隧道の入り口。全長642m。
大正15年に完成したという古いトンネルで、
当時は日本最長クラスだったとか。

ここは「西の箱根」と呼ばれ、
長崎街道の難所だったそうです。

江戸時代の日見峠、
明治に開削された日見峠、
大正に作られた日見隧道、
平成に竣工した新日見トンネル(上り線)、
そして令和に完成したばかりの新日見トンネル(下り線)があり、
峠越えの歴史が凝縮されています。
JR長崎本線や西九州新幹線は、
もっとはるかに長いトンネルで山中を貫いてます。
長崎サイクリング 長崎街道・島原編_d0211129_06470584.jpg
トンネルを避け、明治の日見峠へ向かいます。
集落のなかを簡易舗装の細道が続き、
乗車できない階段や急勾配が現れることもしばしば。
釣りやキャンプ道具を置いてきてよかったと
ほっとしながら、のろのろ上がっていきます。
茶屋の敷石などが残る場所もあり、
往時はたくさんの旅人で賑わったのでしょう。
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峠が近づくと少し道が広くなり、
勾配も落ち着いて乗車できるように。
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切り通しの日見峠。
ここで戦国時代に合戦があり、疑兵のために火を焚いたことから
「火を見る峠」から転じて日見峠と呼ばれているとか。
長崎街道は案内板が充実しており、
読み進む楽しみがあります。
標高は250mほどしかないので、800m超の箱根に比べれば
どうということはなく、「西の箱根」と呼ぶのは
少々おおげさだと思わないではありませんが、
山に囲まれた長崎を象徴する峠です。
明治より前の長崎街道における日見峠は
この切り通しの上を斜めに乗り越えていたそうです。
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切り通しを抜けた諫早側に
渋い道標がありました。
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峠を抜けると眺望が広がり、
長崎自動車道や国道を見下ろすことができます。
なかなかの達成感。
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「長崎街道」の道案内を
見落とさないよう、ゆっくり下っていきます。
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日見の街に出ると、腹切坂という
物騒な地名が出現。
長崎街道を通る武士が地元の町民と試合したところ
負けてしまい、武士の面目上、腹を切って果てたとか。
武士はすさまじいというべきか、
無用な試合なんてするもんじゃないというべきか
なにを汲み取るかは人それぞれでしょう。
長崎サイクリング 長崎街道・島原編_d0211129_07305298.jpg
中山道の妻籠や馬籠といった「いかにも」な
宿場町の街並みは残ってませんが、
いまの国道に覆われることなく、
雰囲気のよい道が続いています。
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案内を読んでると、地元のおっさんに
「休みか、よかねー」と話しかけられました。
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西九州新幹線の高架。
古い鉄道は不思議と情景に溶け込むものですが、
最近の新幹線は永遠に馴染みそうにありません。
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矢上と古賀あたりの街を抜けると、
長崎街道は再び上りはじめます。
「ここから南は佐賀領」と書かれた石碑。
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今度は「東は佐賀」の石碑。
昔の藩領と、今の県境が一致してません。
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道は里山を縫っていきます。
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濃厚な旧街道風情。国道や県道をほとんど走ることなく、
諫早まで進むことができます。
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57里に25の宿場があったそうです。
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工場が林立する諫早市街に入っても
長崎街道の道標が続きます。
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新幹線が止まるようになった諫早駅。
長崎までひと駅で、わずか8分。
自転車で長崎街道だと、ここまで4時間かかりました。
距離は30kmちょっとなのに。
新幹線は速すぎて、自分は遅すぎ。
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江戸時代に作られた眼鏡橋。
長崎市街の眼鏡橋よりはるかに巨大。
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諫早で風景は一変し、長崎県下唯一の
平野らしい平野が現れます。干拓地です。
開ける・開けないで長く物議を醸している潮受堤防を
走ってみたかったのですが、この日は通行止め。
長崎街道に別れを告げ、島原半島へ
進んでいきます。
長崎サイクリング 長崎街道・島原編_d0211129_07550860.jpg
島原鉄道の愛野駅。
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長崎サイクリング 長崎街道・島原編_d0211129_07570129.jpg
「鉄道むすめ」の神代みさきさんが
迎えてくれます。夏服と冬服、どちらもエレガントw
長崎サイクリング 長崎街道・島原編_d0211129_07582637.jpg
黄色いディーゼルカー。
地図を見ると国道251号しか選択肢がないようですが、
線路に沿った細道が「島原街道」として
かなりの区間で残っており、静かなサイクリングが
楽しめます。
国道はかなり交通量が多く、コンビニも点在。
伊豆半島よりよほど都会的です。
長崎サイクリング 長崎街道・島原編_d0211129_08012278.jpg
愛野駅の次の次が吾妻駅。
この豆腐のように四角い駅舎が
島原鉄道における標準駅舎のようです。
近年のローカル線の例に漏れず、無人駅ばかり。
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いいセンスしてますわw
長崎サイクリング 長崎街道・島原編_d0211129_08033876.jpg
龍馬が歩いた道。
勝海舟に同行して龍馬が長崎を訪れた際は、
熊本から海路で島原に渡り、
島原街道・長崎街道を歩いたそうです。
今回のサイクリングは新幹線で長崎スタートとしましたが、
熊本から始めるのも便利で楽しそうです。
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神代には鍋島氏の武家屋敷が残ってます。
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長崎の地名は雅さと田舎っぽさの
バランスがいいですね。
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沿道には、点々と「島原大変」の供養塔があります。
1792年の雲仙大爆発では、崩壊した眉山が有明海になだれ落ち、
それが起こした津波によって、2万人もの死者が出たとか。
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遠浅で今は鏡のように穏やかな有明海。
対岸に熊本が見えるため、海というより琵琶湖を思わせます。
釣具はもってないのですが、足場がよい堤防があると
気になってしまいます。
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本日のご褒美スポット、大三東駅に到着。
「おおみさき」と読みます。
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全国にある「海が一番近い駅」のひとつ。
願いごとが書かれた黄色いハンカチが
風に吹かれています。
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上下の列車が交換。片方は乗務員訓練の臨時で、
この時間に列車が行き合うのは特別、と職員さんが
教えてくれました。
サイクルトレインもやってますよ、と教えてくれましたが
便限定の上に予約が必要なので使いづらいんですよね……。
とはいえ、ただ見るのもやらしいので、
なんとか時間を作って列車に乗りたいとは思ってます。
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このあたりの有明海は干満の差が大きく、
干潮のときは沖に見える海苔網の支柱くらいまで
海が遠ざかるそうです。
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大三東駅の次の松尾駅は
ホームに駐輪場がありました。
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島原鉄道に沿って、
歴史を感じさせる通りが続きます。
島原半島の海岸沿いは意外にも平坦で
距離を稼ぎやすいです。
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島原の市街が近づくと、雲仙の山並みが迫ります。
左の手前が眉山で、奥が平成新山。
崩壊から200年の時を経た眉山は
さすがに緑に覆われてますが、
平成新山はまだ荒々しい岩肌が露わ。
長崎サイクリング 長崎街道・島原編_d0211129_08243499.jpg
「信長の野望」ファンならずとも
戦国武将好きには有名な沖田畷。
佐賀から島原に大挙押し寄せた龍造寺軍5万が、
島津・有馬の寡兵8000に敗れたという戦い。
ひよどり越えとか桶狭間とか、小が大に勝った
歴史上の戦いって日本人は大好きですね。

「畷」(なわて)とは、湿地の中の細道をさすそうで、
当時は胸までつかるほどの泥田地帯だったとか。
そういう地形におびき出された大軍が
伏兵に襲われたそうです。
しかし現在は幹線国道沿いになっており、
ユニクロやマックが林立する市街地。
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倉庫の片隅に、討ち死にした大将、龍造寺隆信の
供養塔がありました。
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城下町の島原へ。
中央に水路が通された武家屋敷が見どころ。
歴史の話をしてるとキリがありませんが、
この城下町を築いたのは、奈良は五條から転封してきた
松倉重政。五條でも城下町を築き、そこでは今も
名君として顕彰されていますが、
島原では「島原の乱」の原因となる苛政を敷いたことで
悪名が高い武将です……。
先日、五條もサイクリングしたので、
なにかと印象が強い武将です。
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お城は天守閣が改装中でピラミッドのよう。
石垣と堀を一見しただけでも、
大大名の居城のように豪壮。
松倉重政が入った時の島原は、
たった四万石だったそうです……。
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大手門を模した島原駅。
島原鉄道の全リソースをつぎ込んだ感があります。
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神代みさきさんのパネルと、
キャラクターの解説板。それを読むと
なんとサイクリングが趣味なのだとか。
そしてお酒好き……魅力的w
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島原鉄道の終着、島原港駅。
一見すると駅ビルを併設してるようですが、
隣にパチンコ屋があるだけ……。
往年の島原鉄道は、ここからさらに遠く先、
半島の南端をまわった加津佐まで
路線が伸びていたのですが、平成20年に
島原港〜加津佐は廃止となりました。
長崎サイクリング 長崎街道・島原編_d0211129_08435590.jpg
二日目の宿は、島原港駅からほど近い
格安のビジネスホテル。
お部屋はかなり快適でしたが、近くのスーパーで
買ってきたお刺身がいまいち美味しくなく、
ちょっと寂しい一夜を過ごしたのでした。
お刺身はお店でいただくか、
自分で釣ってさばくのが理想的ですね……。

三日目以降は、またあらためてリポートします。


# by cyclotourist | 2022-11-21 09:51 | Comments(0)

長崎サイクリング 街中編

こんにちは、田村です。

さる11月13日から19日にかけて、
長崎へ出かけてきました。
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きっかけは、西九州新幹線の開業。
9月23日に開業してから、いつ「かもめ」に乗ろうか、
タイミングを見計らってました。
もちろん、サイクリングではない旅は
自分にとって考えづらいので、
輪行でのアクセス手段として利用します。
「かもめ」は佐賀県の武生と長崎県の長崎市を結んでますので、
必然的に長崎サイクリングとなるわけです。
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恥ずかしながら、長崎県の位置とカタチを
正確にイメージできません。
あらためて見ると、なんとも複雑で島が多いこと……。

数え切れないほど九州を訪れてきましたが、
長崎県をメインにしたプランニングは
実のところ初めてだったりします。
一足飛びに対馬へ行ったり、
佐賀を走る「ついで」に長崎県内を走ったり、
いちどだけブルベでも長崎県内を走ったことはありましたが、
実質的に初めてといって過言ではないほど
長崎県とは縁がありませんでした。
「坂」というイメージもありますし、
本能的に避けていた感すらあります。
長崎サイクリング 街中編_d0211129_14510223.png
あらためて長崎県の地図を
眺めてみると、本土だけでも
異様に複雑怪奇なシルエットです。
半島に次ぐ半島で、
それらがイカやタコの足のように
くねりながら伸びています。
なお、画像はグーグルから拝借してますが、
実際のプランニング時は「ツーリングマップル」と
Ride with GPSを利用してます。

長崎県の地形的な複雑さは、
長崎県のホームページにおける「長崎県のすがた」という
記述が明快なので、以下に引用させていただきます。

---------
本県は、九州の西北部に位置し、東西213km、南北307kmにおよぶ県域である。その中の陸地(総面積4,105.47km2、平成23年10月1日現在)は平坦地に乏しく、いたるところに山岳、丘陵が起伏し、海岸線は多くの半島、岬と湾、入江から形成されており、海岸線の延長は4,184km(平成24年3月31日現在)におよび、北海道につぎ全国第二位(北方四島を除くと第一位)の長さを示している。

東は島原半島が突出し、有明海を隔てて熊本県、福岡県と相接し、南は長崎半島が天草灘に望み、西海上には五島列島が、西北海上には壱岐、対馬があり、朝鮮海峡のかなたに韓国を望んでいる。
---------

北方四島を除くと北海道より海岸線が長い、
というのが凄まじいじゃないですか。
ちなみに、長崎県の面積は47都道府県中、37位です。
たいして広くないのに海岸線が異常に長い。
複雑というより、もはや支離滅裂な地形ですが、
自分の思考もほとんど支離滅裂なので、
「一周してみたい」と思ってしまいました。

もちろん車道を走るので、一周っぽいルートを作っても
4000kmもの距離にはなりません。
しかし、決して短くもなく、長崎駅を起点にして、
島原半島、長崎半島、西彼杵半島、北松浦半島へと
おおむね時計回りに走っていくと、
1日100km以上走っても
一週間はかかります。

実のところ、しばらく前から計画を温めていて、
妻には折に触れて
「俺、今の仕事が終わったら長崎行くんだ……」と
言い続けていたので、なんとなく
一週間くらいは家を空けてもいい雰囲気を
醸成していたのです。
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いざ、長崎へ。
関東からの九州入りは、ほとんどの人が
ヒコーキを利用すると思いますが、
ここはあえての新幹線しばり。
運賃2万8000円とお安くはありませんが、
距離を考えれば納得できます。
LCCが安すぎるんですよ。
ちなみに、西九州新幹線の乗車時間はわずか30分弱、
それに対して東海道山陽新幹線には5時間も乗るという(笑)。
ぼっち旅なのでやりたいほうだいです。
一週間分のルートは作成済みでハンディGPSに入れてありますが、
宿は初日と二日目しか予約してません。
まあなんとかなるでしょう。
ちなみに、今回はキャンプと釣りは封印。
あまりに土地勘ないので、走りの軽快さを
優先しました。これが吉と出るか凶と出るか……。
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お昼少し前に博多駅に到着。
新大阪より先まで乗ることは滅多にないので、
飽きずにそれなりに楽しめました。
そして、「リレーつばめ」への乗り換え時間は7分。
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在来線ホームがそれなりに遠く、
着いたら発車間際。お弁当を買い損ねました。
九州新幹線が部分開業だった時も
リレー号として活躍していた特急ですね。
これで「かもめ」が待つ武雄温泉駅へ。
乗車時間は1時間ほど。
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さすがに老朽化が目立つ車両ですが、
JR九州らしい「旅感」は健在。
乗車率は2、3割で空いてました。
お腹も空いてきました……。
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真新しい武雄温泉駅では、同じホームの対面で
「かもめ」が待機中。乗り換え時間わずか3分。
親子連れが記念撮影に興じていて、
気持ちは激しくわかるけれど、
早くどいてと言いたい。
それにしても、カラーリングが異なるだけで
N700Sもずいぶん印象が変わるもんですね。
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木の香りが漂う車内。
当然ながら綺麗で気持ちがよいものです。
輪行袋の定位置は、東海道・山陽新幹線と同じように
「特大荷物スペースつき座席」となっているので、
そこの指定券を取っておきました。
こちらも乗客は少なく、ちょっと拍子抜け。
もちろん、乗り物は空いてるほうが快適なのですが、
先行きがやや心配な新幹線ではあります。
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わずか28分で長崎駅に到着。
全体にトンネルが多かったですが、新大村駅の前後では
海を望める区間もありました。
文字どおりあっという間で、車内販売もなし。
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装いを一新した長崎駅では、
お土産ショップと食事処が連なる
「長崎街道かもめ市場」が待ってました。
こちらはずいぶんと人が多くて賑わってました。
が、ぼっち好きなのでそそくさと外へ。
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「弱ぺ」とコラボ中の長崎駅。
原作者さんが長崎出身でしたね。
14時前には輪行を解除して走り出しました。
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いい加減にお腹空いたので、まずはご当地グルメw
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かきちゃんぽん。美味しかったです。
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初日の走行ルートはこんな感じ。
長崎駅を起点に、反時計回りに長崎港まわりを
周遊する距離23kmほどのショートコース。
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駅の対岸に渡ると三菱通り。
三菱重工の造船所が現れます。
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100年以上も稼働しているジャイアントカンチレバークレーン。
その脇では護衛艦「もがみ」型が艤装中。
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戦艦武蔵を作ったという船台のあたり。
建物やフェンスにさえぎられてよく見えませんが、
こちらにも「もがみ」型がいるようです。
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となりのドックでは、整備中のイージス艦「こんごう」と、
3隻目の「もがみ」型が鎮座。
山がすぐ迫る地形ゆえに
道がドックより高いところにあり、
まさに丸見え……。
戦艦武蔵を建造した際、防諜に苦心したという
エピソードが納得できる景観です。
こんな様子が拝めただけで、
長崎に来た甲斐あるなーと、うきうきですよ。
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しかし地形が複雑なこと……。
ちょっと脇道にそれると、すぐに階段です。
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長崎港の出口に架かる女神大橋へ。
有料道路ですが、自転車は無料。
地図を見たときはアプローチがよくわかりませんでしたが、
現地に行けば案内が親切で問題なし。
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桁下65mという高さから
長崎港と市街を一望できる女神大橋。
なかなかの絶景です。長さは1200mもありますが、
散歩している人もちらほら。
両側に広めの自転車歩行者道があるので、
こわくありません。
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見事な斜張橋。
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橋を降りて市街へ戻っていくと、
古風なスロープが伸びる小菅修船場跡。
明治元年に完成したという、初の洋式船架だそうです。
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いちおう行っときますか、くらいの
気持ちでグラバー園をめざすと、
容赦のない急坂が出迎えてくれます。
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いちおう見ておきました。
さすがに来園者が多かったですよ。
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グラバー園からも護衛艦がよく見えました。
隠すもんでもないでしょう。
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石畳の細道をなりゆきで進んでいくと、
神社、お寺、教会の三つが
勢ぞろいする地点がありました。
中華街も近く、さすがの多様性?
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階段……
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斜行エレベーター。
東京や京都と違って、自転車で
観光している人は皆無です。
配達員も見かけませんね。
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路面電車が走る街は
無条件にいいね。
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有名なオランダ坂。
ここも勾配20%。石畳だとよけいに険しく感じられ、
とっとと降りて押しました。
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異国情緒は抜群。
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出島。
埋め立て地が広がって、もはや島ではありません。
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眼鏡橋。
川や海沿いは平坦。
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近代的な金属活字も
長崎が発祥の地です。
もはや喩えとして存在するだけのような「活字」ですが
活字で印刷された本は微妙な凹凸や
文字の太りがあって好きでしたね。
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路面電車が行き交う目抜き通りを北上。
宿をとったのは、長崎駅の隣の浦上駅あたり。
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駐車場が狭くて駐輪ダメ、
袋に入れないと持ち込みだめ、という微妙な
ビジネスホテルでしたが、まあ寝れればOKですわ。
こうして初日は終了。
ふだんはしない「観光」も、たまには
いいものですね。
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翌日は、6時半には宿を出ました。
長崎の街を後にする前に、平和公園へ。
平和を祈る気持ちとともに、
誰が原爆を落としたのかを考えざるをえません。
「惨禍を再現せしめてはならない」とは
落とした相手に対して言うべきだと思うのです。

………………

いよいよサイクリングの始まり。
めくるめく半島ツーリングなのです。

以下、あらためて。



# by cyclotourist | 2022-11-20 19:46 | Comments(0)